『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ“笑い”の変遷を辿る 最新作には笑う行為への批評性も

 劇場版29作目が公開中の『映画クレヨンしんちゃん』シリーズ。最新作『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』は、『クレしん』では事件といえる設定が敷かれている。幼稚園児の主人公・野原しんのすけとその同級生たちが、「天カス学園」という学校に体験入学するのだ。これまで「何年経っても登場人物が歳をとらない世界」を物語の舞台としていた同シリーズ。しかし今回「永遠の5歳児」のしんのすけらが進学先や未来について思いを馳せる。この点に驚かされた。

 見応えあるテーマがありつつ、やはりポイントは『クレしん』ならではの笑い。コロナ禍という現実のプレッシャーを、鑑賞中はちょっとだけ忘れさせてくれるものだった。そこで今回は、劇場版1作目の公開から28年のなかでさまざまな変貌を遂げ、一方で普遍性もある『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの「笑い」について考察していきたい。

 まず『クレヨンしんちゃん』についてあらためて振り返る。1990年より『漫画アクション』(双葉社)で連載されていた臼井儀人の漫画を、1992年4月『アニメ・嵐を呼ぶ園児クレヨンしんちゃん』というタイトルでテレビアニメ化。埼玉県春日部市を舞台に、5歳児のしんのすけが、家族や同級生の園児らを巻き込みながら大騒動を繰り広げていく物語だ。1993年から始まった劇場版では、テレビシリーズ以上に非現実性を押し出し、「子どもも大人も泣ける」というドラマチックさをまじえて展開していく。

過激ネタ、見た目や名前いじりなど今ではNGな笑いの数々

 『クレしん』の笑いの特徴は、やはり下ネタやブラックジョーク。その内容は、テレビアニメの放送開始時「子どもには観せられない」と問題視されたほど。劇場版1作目『映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』(1993年)には、苦情が相次いでいた当時の作風が色濃くあらわされている。

 母親・みさえを呼び捨てにしたり(現在ではほとんどの場合「母ちゃん」と呼ばれる)、しんのすけが自分の「ゾウさん」をぶらつかせたり(『アクション仮面VSハイグレ魔王』では父親・ひろしの「マンモス」と見比べる場面も)していた。これらは現在では、試行錯誤しながら見直しが図られている。また、みさえの体型のことをしんのすけがいじったりもしていたが、近年「見た目いじり」で笑いを取ることもいろんな意見が交わされているとあってか、表現に変化が見えるようになった。

 不謹慎ネタや過激ネタがウケていた背景のひとつには、1980年代からの人気バラエティ番組の影響があったと推測できる。たとえばしんのすけがイタズラをした際、みさえが「お仕置き」として彼のこめかみをグリグリしていたが(現在は幼児虐待表現であるとして描写は減っている)、鉄拳制裁的な懲罰で笑いを誘うやり方は、『オレたちひょうきん族』の「お仕置き部屋」などで慣れ親しんだものだった。

 また、視聴者のターゲットに少年少女を含んでいるにも関わらず、下ネタを挿み込み、それをちびっ子たちの間で流行化させたところは『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)あたりを連想させる。のちの有名女優や子役たちに卑猥なイメージの言葉を口にさせるなど、今ではびっくりな演出が毎回待ち望まれた。1992年10月に始まった『ウゴウゴルーガ』(フジテレビ系)も、『クレしん』同様に「子ども向け」を打ち出しながら攻めた内容で人気となった(ちなみに『クレしん』で、しんのすけがゴウゴウガールの夢から覚めて「ウゴウゴルーガ」と口にした回があった)。

 とんねるずの番組では、ゴールデンタイムにも関わらず頻繁に「放送コード、ギリギリ!」なんて台詞があえて使われていたが、過激でブラックなことこそバラエティのおもしろさであるとされていた。

劇団ひとり共同脚本『ユメミーワールド』が挑んだ原点回帰の笑い

 前述したように2021年現在、お笑いシーンでは見た目のほか、さまざまな「いじり」について再考が重ねられている。もともといじりネタが多かった『クレしん』では、その都度で意識のアップデートがなされている。劇場版のなかでも屈指の感動作である、原恵一監督作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(2002年)でも、今では賛否両論がありそうないじり表現があった。

 同作の劇場公開時は特に引っかからなかったが、先日見返したとき違和感を持ったのが名前いじりだ。戦国時代にタイムスリップしたしんのすけは、井尻又兵衛由俊(いじり またべえ よしとし)という武将に出会う。しんのすけは彼の名前を聞いて、「尻」「股」を連想するのだ。私たちはよく本名をモジって「あだ名」をつけたり、つけられたりしながら、人とコミュニケーションをはかっている。しかしそういったあだ名で「嫌な思いをした」という意見もあり、ネーミングへの考え方も変わってきた。『戦国大合戦』では井尻の名前でひと摑みしていたが、現在ではグレーなラインではないだろうか。

 そういった時代の流れにあわせて『クレしん』でも自主的な規制がおこなわれている。その一方『映画クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』(2016年)は、初期『クレしん』を彷彿とさせた。しんのすけへのお仕置きで、みさえはげんこつや頭ぐりぐりなど手を出す場面が何度かあった。前年公開『映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃』(2015年)ではみさえを「母ちゃん」と呼んでいたが、こちらでは呼び捨てもあった。「妖怪胸なしオババ」という容姿をいじった悪口も復活。

 あと、しんのすけが夢のなかで水着美女と戯れるところが出てくる。かつては『スーパーJOCKEY』(日本テレビ系)やアイドルや芸能人による「水泳大会番組」などで過度な水着演出もあったが、今ではアウトとされている。しかし『ユメミーワールド大突撃』では、そういった表現を踏襲している。

 同作には共同脚本にお笑い芸人・劇団ひとりがクレジットされているが、もしかすると、バラエティ番組でも強まっている自主規制ムードへの反動があったのではないか。単に笑いをとるために過激で不健全な場面をいれているわけではない。『ユメミーワールド大突撃』は親と子の関係のあり方を問いかける物語であり、手を出す場面にも意味が含まれている。そういった点もトータルして、論じがいのある作品となっている。

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