“分かりやすさ”より大事なものを求めて 綿矢りさが語る、ウォン・カーウァイ監督の独自性
独自のセレクトで今話題となっているミニシアター系のサブスク、【ザ・シネマメンバーズ】。8月は、その映画作家を語る上で外せない作品をセレクトする特集“エッセンシャルシリーズ”の第2弾。第1弾のジム・ジャームッシュに続いて特集されるのは、ウォン・カーウァイだ。『恋する惑星』『天使の涙』『ブエノスアイレス』『花様年華』という4作品を通じて、ウォン・カーウァイのエッセンスを味わい尽くせるセレクションを実現。
ザ・シネマメンバーズでは、カーウァイ作品以外にも、今までなかなか観る機会がなかった映画が厳選され、特集のイントロダクションとなる記事とともに楽しむことができる。今回、リアルサウンド映画部では、自身の作品執筆時にもカーウァイ作品で使用されている楽曲を聴いていたという作家・綿矢りさにインタビュー。カーウァイ作品との出会いから、オススメの作品、自身に与えた影響まで語ってもらった。(編集部)
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カーウァイ監督ならではの“軽やかさ”
ーーウォン・カーウァイ監督の映画とは、いつ頃、どんなふうに出会ったのでしょう?
綿矢りさ(以下、綿矢):今回のラインナップには入ってないんですけど、いちばん最初に観たのは『欲望の翼』(1990年)だったと思います。ちょうどその前に、チェン・カイコー監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)を観て、レスリー・チャンのことが大好きになったので、レスリーが主演だし、ちょっと観てみようかなと思って。ちょうどその頃、リマスター版のリバイバル上映があったりして、『欲望の翼』が盛り上がっていたんですよね。そこから、この監督の作品を追ってみようと思ってその次に観たのは、『恋する惑星』(1994年)だったかな?
ーー『恋する惑星』は、1995年に日本でも公開され、大ヒットを記録しました。
綿矢:私は当時まだ小学生だったので、「金城武さんが出ているらしい」とか、それぐらいのことしか知らなくて……そう、雑誌『オリーブ』とかが公開当時、すごく特集していたような気がします。なので、実際の映像よりも、映画の場面写真が、雑誌にもよく掲載されていてそのイメージはすごくありますね。どちらかと言うと、私よりもちょっと年上の女の人たちが盛り上がっているようなイメージでした。というか、そのときは、お洒落な映画を観て盛り上がるという感覚が、あんまりよくわかっていなかったんだと思います(笑)。
ーー(笑)。『欲望の翼』を経由して、再び『恋する惑星』と出会った?
綿矢:そうですね。だから最初は、同じ監督だとわかっていなかったんです。『欲望の翼』って、ちょっとモワッとした雰囲気があるというか、南国っぽい感じの映像じゃないですか。でも、『恋する惑星』とか『天使の涙』(1995年)は、もっと都会的でポップな感じがあって……色使いとかも、すごいカラフルですよね。
ーー確かに。実際ご覧になってみて、どんな感想を持ちましたか?
綿矢:思っていた以上に、変わった映画だなと思いました(笑)。真ん中で話が分かれているというか、金城さんが主人公だったのに、途中からフェイ・ウォンの話になるじゃないですか。だから、最初に観たときは、「えっ、どういうことなんだろう?」って思って。でも、観ているうちに、だんだんカーウァイ監督ならではの“軽やかさ”みたいなものに惹きつけられていって。ちょっと中性的な見た目のフェイ・ウォンが、ヤキモチを焼くシーンが特に可愛かったです。
ーーわかります(笑)。
綿矢:ベリーショートでルックスは少年のようなんですけど、女の子らしい可愛さもあって。別にドレスとかを着ているわけじゃなくて、普段着なんだけど、それも可愛いんですよね。部屋の感じも気取ってないのに素敵で、すごくセンスがいいなと思って。
ーーそのあたりは、あまり古さを感じないですよね。
綿矢:そうですね。話自体は、何回観ても、「どういう意味かわからへんな」って思うところがあったりするんですけど、だからこそ、今でも新鮮に観ることができるのかもしれないですよね。全部を理解したとは思えないんですけど、観ているうちに、作品の世界観が身体に入ってきて、観終わったあとは、やっぱり観て良かったと思える。そういうちょっと独特というか、不思議な魅力を持った映画だと思います。
ーーで、そのあとに観たのが……。
綿矢:『天使の涙』だったかな? ちょっと『恋する惑星』とごっちゃになっているんですけど(笑)。ただ、『ブエノスアイレス』(1997年)のことは、すごい覚えていて。中学生の頃、レンタルビデオ屋で『ブエノスアイレス』のパッケージを見たのを、すごい覚えているんですよね。青空の下、半裸の男の人が2人で抱き合っているパッケージで、「これ、めっちゃ観たい!」と思ったんですけど、その頃はまだ、ちょっと借りる勇気がなくて……。
ーー今はそうでもないですけど、男性同士の恋愛を描いた映画ということで、当時は結構センセーショナルな映画でもあったんですよね。
綿矢:そうですよね。大人になってから、カーウァイの作品を追っているうちに、「あ、これや! あのとき観たいと思った映画!」って気づいて。
ーー(笑)。
綿矢:それで早速観たんですけど、やっぱりこれもすごくいい映画でしたね。最初のシーンで、イグアスの滝がバーッと出てくるじゃないですか。それを観て、ネットとかでよく言う“クソデカ感情”じゃないですけど……。
ーーん?
綿矢:汚い言葉で申し訳ないんですけど(笑)、“クソデカ感情”っていう言い方があって……“持て余してしまうぐらい大きな感情”っていう意味らしいんですけど、この映画においてのイグアスの滝は、まさにそういう“クソデカ感情”を表現している映画だと思ったんです。カーウァイの映画って、『ブエノスアイレス』もそうですけど、街角だったり部屋だったりすごく狭いところのシーンが多くて、登場人物もあまり多くないじゃないですか。それに号泣したり、笑ったりといった感情表現もそんなに激しくないというか、ジーッと堪えるようなシーンが多い印象があります。だけど、その人たちが抱えている感情は、ものすごく大きい。それを“滝”とか……『欲望の翼』だったら“密林”とか、そういう巨大な自然の画を、途中に挟み込むことによって見せている。そのシーンが、登場人物たちの心の中で渦巻いている感情の揺れと呼応しているような気がするんです。だから、そのイグアスの滝も、いきなり入ってくるけど全然不自然じゃなくて、「ああ、話は淡々と進んでるけど、これぐらいの質量の感情が、流れている映画なんやな」って素直に思えるというか。
ーーなるほど。
綿矢:あと、別に連作というわけではないんですけど、レスリー・チャンもトニー・レオンもカーウァイ映画の常連だから、順を追って作品を観ていくと、「ああ、香港を飛び出して、その真裏にあるブエノスアイレスまで辿り着いたんやな」みたいなことも感じて。2人とも、年齢的にももう「青春」ではないんだろうけど、でもやっぱりその香りも残しつつ、ここまで辿り着いた果てというか。だから、最初に観たときは、すごく感動しました。