“事実上の主人公”真田広之がカッコいい! “命の激安セール”が魅力の『モータルコンバット』

『モータルコンバット』は“命の安さ”が魅力

 魔界から悪い連中が攻めてくるので、強い人たちが頑張る。映画『モータルコンバット』(2021年)は、30年近い歴史を持つ同名ゲームの実写版だが、あらすじの説明はこれくらいでOKだろう。というか、これくらいのザックリした意識で臨む方が良い気がする。明らかに本作の作り手たちは「お話」で映画を魅せようとしていないからだ。作った人間たちは『モーコン』の原作の魅力を、「お話」ではない部分だと判断している。作り手たちが色々と考えて、「ここさえ押さえておけば『モーコン』だ! 『モーコン』として勝負できる!」と確信したであろう原作の魅力、それは命の安さである。本作は命が激安なアクション映画の怪作だ。

 『モータルコンバット』はアメリカ産の対戦格闘ゲームである。日本でいう『ストリートファイター』や『鉄拳』と同じジャンルのゲームだが、本作には「フェイタリティ」なる対戦の最後に相手を惨殺する演出がある。いわば「トドメを刺す」モードなわけだが、そこは白黒ハッキリつける国、アメリカ。控えめな演出や、人情を感じさせる結末は決して許さない。人情相撲なんて、おととい来やがれである。首を脊髄ごと引っこ抜いたり、体がバラバラになったりと、どう見ても対戦相手が死んでいる姿を見せてくれるのだ。私自身、初めてフェイタリティを見たときには「生殺与奪の権を握るってこういうことかぁ」とビックリしたものである。「敗者は派手に死ね」……この潔い思想こそ、『モーコン』の個性だ。というかフェイタリティじゃない通常攻撃でも「今の死にますよね?」と思われる残虐描写が頻出する。それでも普通に戦い続けるし、ゲームだから死んでもやり直せるし、続編でも何だかんだあって復活するので、自ずとキャラの命が安くなる。まさに命の激安セールが行われているゲームなのだ。

 今回の映画版では、この命の安さと格闘アクションに集中、他の部分は潔く諦めている。たとえば必殺技を身に着ける修行シーンでも、「そういう気持ちになったらビームが出せるようになる」といった、ふんわりとしたノリで修行が繰り広げられる。「みんなで力を合わせて戦おう!」と宣言したと思ったら、わりと個人戦で戦ったり、「全然言ってることとやってることが違うじゃねーか」と疑問に思う箇所も多い。これらは普通の映画なら問題であるし、私も観ている最中に「この人たち何やってんの?」と困惑する場面が多々あった。けれど、これは普通の映画ではない。これは『モータルコンバット』なのだ。普通の倫理観や常識を持って臨むと戸惑って当然である。

 そんなわけで普通の映画としては問題が多々ある作品だが、これを『モータルコンバット』の映画として観たとき、前述した粗雑さや歪さすら魅力になってくる。最も分かりやすく歪なのは、人気キャラクターであるスコーピオンを演じる真田広之の存在だ。一応、本作には映画オリジナルの主人公が登場するが、映画はこの主人公を軽めに無視しつつ、人気キャラであるサブ・ゼロ(ジョー・タスリム)とスコーピオンの因縁と対決を主軸に話が展開していく。このため事実上の主人公が真田広之になっている。冒頭で忍者集団を皆殺しにした後、クライマックスで“あの曲”をバックにゲームの名セリフを決めるなど、完全に主人公の振る舞いだ。もちろんアクションシーンでも真田広之は100点満点。滑らかに日本刀を振り回し、還暦とは思えない全身バネっぷりを見せてくれる。この真田広之なら、かつて霊能者役でタイマン張って敗れた『リング』(1998年)の貞子も秒殺だろう(原作ゲームはランボーやプレデターなどの映画キャラとコラボしまくっているので、マジで貞子との再戦もあるかもしれない)。

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