『コントが始まる』の“終われない時間”を永遠に観ていたい 愛おしい登場人物たちの優しさ

『コントが始まる』の“終われない時間”を永遠に観ていたい 愛おしい登場人物たちの優しさ

 『コントが始まる』(日本テレビ系)は私たちの物語だ。20代後半、まさに人生の岐路に立たされている、もしくはかつて立っていた、あるいはこれから立とうとしている、私たちの物語。それぞれの事情を抱え、「このままじゃいけない」と分かっていながら、なんとなく居心地のよい現状に留まり続ける人々の話に、心をかき乱されたり、涙したりしている人は多くいることだろう。

 コロナ禍の現状と相まって、どこにも行けない「もどかしさ」が社会を覆う今、『俺の話は長い』(日本テレビ系)の金子茂樹による優れた脚本と、菅田将暉、有村架純ら同世代で最も勢いのある若手俳優たちの競演による、傑作青春群像劇が生まれたことを幸せに思う。

 有村架純演じる中浜里穂子が時折見せる、ふとした表情の一つ一つが堪らない。あまりにも正直すぎるその顔に、彼女のことを、ずっと前から知っている友達のようだと感じてしまう。例えば、第1話において泣いている春斗(菅田将暉)を前に、言おうか言うまいか何度も口を手で覆う仕草をしながら思わず口に出す「水のトラブル777に電話しましょうか」という冗談。突然の来客に対して毎回内心の当惑を隠せない「いらっしゃい」の作り笑顔、ファミレス「メイクシラーズ」で真顔の接客をしていたら予想外の「マクベス」の3人の来店があった時に浮かべる驚いた顔と、その後の弾けんばかりの笑顔。

 この、「私が何かを好きになったり、接触したりすると、不幸なことが起こる」から自分は「疫病神」なのだと信じて疑わない、1年半前に起きた出来事がきっかけで「頑張って傷つくのが怖」くて、頑張れなくなってしまった中浜里穂子という女性。『コントが始まる』第1話は、冒頭の「水をメロンソーダに変えてしまう男のコント」を通して、里穂子のとある日の「悲劇」が気づかないうちに、お笑いトリオ「マクベス」のネタとなり「喜劇」へと昇華されることから始まっている。気づいたら、自分の人生の一部のようになっていた、愛してやまない芸人たちの物語の中に、彼女自身の人生の物語の一部が取り込まれている。一番視聴者に近い存在である里穂子に起きた奇跡から始まるドラマだからこそ、このドラマを好きにならずにはいられないのである。

 「あれが始まりだったとは思いませんでした」と里穂子と春斗は言った。『コントが始まる』第1話から第3話にかけて、まさに当時は「あれが始まりだとは思っていなかった」春斗、瞬太(神木隆之介)、潤平(仲野太賀)それぞれの視点から見た、彼らの「始まり」が描かれた。それらは少しずつ食い違っていたりもする。その場のノリや笑いで誤魔化し、なんでもないフリをしながら、彼らは、それぞれの事情や真摯な思いを胸に抱き「マクベス」になって、10年という歳月を共に過ごしてきた。同じ場面を違う視点から見た物語が重層的に重なり合っていくから、回を重ねるにつれて面白さが増していく見事な構成も興味深い。

 瞬太は、高校生の頃、27歳で死ぬ運命にあると思っていた。そんな彼が28歳の誕生日を迎えた時を描いた第2話も秀逸だった。スナック「アイビス」でケーキと共に誕生日を祝ってもらっていた瞬太は、なかなかケーキのろうそくの火を吹き消すことができない。「だって消したら終わっちゃう」から。その台詞には、父を早くに亡くし、母とも絶縁状態だった彼にとっての、「マクベス」メンバーと暮らす家以外のもう一つの居場所である「アイビス」で皆に祝われる幸せな時間が「終わっちゃう」と、死ぬと定めていた27歳が本当に「終わっちゃう」という2つの意味があるように思う。だが、彼がろうそくの火を吹き消し、画面が暗くなった瞬間、シークエンスは切り替わり、春斗が部屋の電気をつけるショットが示される。終われないのである。瞬太がどう願おうと、幸か不幸か、人生は終わらず、変わりなく続いていく。

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