『名探偵コナン 緋色の弾丸』は“灰原哀の映画”だった 破壊規模は劇場版史上最高レベルに

『名探偵コナン』最新作は“灰原哀の映画”?

 定められた軌道上を高速で移動する巨大な鉄の塊の中で、登場人物はある種パターン化した動きを余儀なくされる。それは時にリチャード・フライシャーの『その女を殺せ』のようなノワールとして、はたまたシドニー・ルメットの『オリエント急行の殺人』のような群像ミステリーの舞台としても機能し、またポン・ジュノの『スノーピアサー』のようにセパレートされた車両で階層を見立てることもでき、ヨン・サンホの『新感染 ファイナル・エクスプレス』のように隔たれた者たちのドラマを作りだすことだってできるなど、ストーリーテリングにも充分すぎる作用をもたらしていく。

 現にこの『名探偵コナン』においてもテレビシリーズでは数多く「列車」内を舞台にした古典的かつ能動的な密室ミステリーが描かれてきたわけだが、劇場版シリーズにおいてはこのようなパターンはあまり登場しないはずだ。それらが印象的に登場するというだけで考えても、第1作の『時計仕掛けの摩天楼』での爆弾の起爆装置として都市部の鉄道が用いられたことや、『銀翼の奇術師』でコナンと怪盗キッドがゆりかもめの屋根に着地したこと、はたまた『ベイカー街の亡霊』でのジャック・ザ・リッパーとの対峙シーンぐらいではないだろうか。ミステリーにおける格好の舞台となりうる空間をあえて避けるのはやはり、劇場版スケールとして見せる上で、ミステリー性よりもパニック映画性の方を重視しているからとみえる。

 そこにきて今回の『緋色の弾丸』だ。WSGの開会式にあわせて東京に到着するようプログラミングされた「超電導リニア」に乗るために、コナンたちはわざわざ名古屋まで空路を使って向かい、そこで乗車前に犯人の仕掛けた罠にかかることになる。結果的に乗客を載せずに超電導リニアが動きだすだけで、やはり古典的ミステリーの舞台としてではなく、トニー・スコットの『アンストッパブル』のような暴走列車に様変わりさせるという選択がとられるのだ。もっとも、「列車」と「パニック映画」の組み合わせとなればそれ以上の醍醐味はない。考えてみれば、事件関係者の中には“ジョン・ボイド”と、まるでアンドレイ・コンチャロフスキーの『暴走機関車』で主演と務めた名優ジョン・ボイトを思わせる名前のキャラクターが登場する。これも一種のフラグではないだろうか。

 一連の事件の黒幕は誰かというミステリーにおける肝となる部分はさらりと流れるように描き、その後に訪れるカーチェイスと加速していく列車の暴走で映画としての刺激を作り出すのは劇場版シリーズでは定番の方法論だ。もっぱら超電動リニア内での前後の移動過程を徹底的に省き、暴走列車を食い止める策を講じるところですらコナンの脳内で完結させてしまう潔さは、“この映画の見せ場はここではない”ということの何よりの証左である。近年どんどん“破壊規模”が大きくなっていく劇場版シリーズだが、これまでよりも明らかに規模の大きな破壊シーンは、もはやミステリーでもパニックでもない、バスター・キートン映画のような無軌道さとこの上ない娯楽性を感じさせてくれる。

 ところで、決して多くない名古屋の名所を余すところなく再現させた観光シーンであったり、物語の軸として存在する赤井ファミリーそれぞれのドラマも今回の劇場版の見どころのひとつであるわけだが、個人的には灰原哀の映画になっていたように思えてならない。

 前作の『紺青の拳』ではシンガポールに行けずに日本でサポート役に徹していた灰原が、今回は最前線で活躍し、蘭以上のヒロインキャラとしてコナンを見つめる姿は、灰原推しの筆者にとっては嬉しいかぎり。もっとも、灰原は赤井の従妹にあたるわけで、その点では“赤井ファミリー”にフォーカスした今回の映画で活躍するというのも充分に道理が立つわけだ。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『名探偵コナン 緋色の弾丸』
全国公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:永岡智佳
脚本:櫻井武晴
音楽:大野克夫
声の出演:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、池田秀一ほか
スペシャルゲスト:浜辺美波
主題歌:東京事変「永遠の不在証明」
配給:東宝 
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント 
(c)2020 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

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