満島ひかりの演技の細部を出演作とともに追う 『江戸川乱歩短編集』では明智小五郎役に
「型の美しさ」
『シリーズ江戸川乱歩短編集』(2016年~)で、探偵明智小五郎を演じる満島ひかりは、その少年にも少女にもなれる特性を生かして、それぞれの作品で男性と女性を自在に行き交う。中でも、菅田将暉と共演した佐藤佐吉の演出による「心理試験」(2016年)は、男装の満島ひかりの自由な身振りとポーカーフェイスを貫く菅田将暉の抑制された演技のぶつかり合いが見事に調和した傑作だ。本作に限らず、満島ひかりは、身に纏う衣装からキャラクターを自分に引き寄せていることがよく分かる。それは満島ひかりにとって、作品から聞こえてくる音を探すのと同義のことなのだろう。
綾野剛と共演した「夏の終わり」(熊切和嘉監督/2013年)で、昭和クラシックな衣装を身に纏った満島ひかりは、言葉の使い方やイントネーション、身振りに至るまで、その感性を丁寧に細部に宿していく。満島ひかりという感性を介することで、音楽や衣装、小道具に物語が生まれていく。『カルテット』のチェロを弾く構えを思い出してもいいように、満島ひかりの「型」は美しい。その意味で、同じく『シリーズ江戸川乱歩短編集』の「お勢登場」(2018年)の、和室の天井から吊り下げられたハンギングチェアに座り、チュールレースを頭に纏った未亡人お勢(満島ひかり)をモデルのようにポージングさせた佐藤佐吉の演出は、圧倒的に正しい。
また、コレオグラフィに導かれた満島ひかりの「型」の美しさが、これ以上ない形で披露されたMONDO GROSSOのPV「ラビリンス」は、ウォン・カーウァイが描く夜のような色彩の香港のストリートで踊る満島ひかりを、カメラがひたすら追いかける傑作だ。ここでの満島ひかりのしなやかなダンスには、その瞬間に彼女がいることを引き寄せるライブ感がある。このライブ感は、満島ひかりが数々の作品で披露してきた感情の焦点への「ゆらぎ」と符合する。
「笑い上戸の星」
ドラマ『太宰治短編小説集』(2010年)(NHK BS2)の「カチカチ山」は、本読み~リハーサル~本番の舞台という三部構成が、スリリングなライブ感を生み出していく意欲作だ。いわば満島ひかりによる『彼女たちの舞台』。後年、ドラマもバラエティもすべてが生放送だったテレビの創世記が舞台の『トットてれび』(NHK総合)で、生放送ならではのハプニングに対して、次々と気の利いたアドリブで乗り切っていく黒柳徹子を演じた満島ひかりの、あのスリリングなライブ感と通ずるところがある。
『トットてれび』は、劇中で「テレビジョン=遠くを見る」と解説されるように、新しく入ってきたテレビ文化というものにワクワクしていた大衆の遠い夢(=テレビジョン)を、21世紀の現在から見る遠い夢として二重の意味で描いた傑作だ。満島ひかりは、黒柳徹子の持つ、カラッカラに明るい「永遠のお嬢さん」を体現する。
黒柳徹子役として、しゃべってしゃべってしゃべり倒す満島ひかりと、彼女の他愛のない話を聞き流すでもなく、その早口でまくし立てられる声を、あたかもBGMであるかのように自然に耳に入れる向田邦子役の美村里江や渥美清役の中村獅童の抑制された受けとめ方も見事だ。向田邦子や渥美清は、黒柳徹子の話の内容よりも、しゃべっている黒柳徹子そのものを愛していることが、こちらに伝わってくる。しゃべってしゃべってしゃべり倒すことが、やがて心地よい音楽であるかのように聞こえるとき、彼女が話し相手を失った風景には、その静けさだけが痛切に広がっていく。昭和のテレビジョンを飾ったスターたちの幻影の前で、彼ら彼女らに先立たれた悲しみを振り切るかのように踊る黒柳徹子=満島ひかりの美しさに涙する。
また、黒柳徹子が渥美清と最後に会った日、いつもどおりしゃべり倒す黒柳徹子の話に、天を仰ぎ、大笑いしているようにも大泣きしているようにも見える表情で受けとめる渥美清=中村獅童の演技が素晴らしい。「永遠のお嬢さん」を体現する満島ひかりへ向けられた最高の演技上の「反射」だ。黒柳徹子のことを「(山の手の)お嬢さん」と呼んだのは渥美清だけだった。『トットてれび』において、満島ひかりは、黒柳徹子の声と型を自身に引き寄せ、カラッカラに明るい笑いと、しなやかな身体のリズムを構築・再構築することで、誰も見たことのない「永遠のお嬢さん」像を獲得する。しゃべってしゃべってしゃべり倒す、カラッカラに明るい音声が残したせつなさ。満島ひかりは、大笑いと大泣き、喜びと悲しみを同じ地平の演技として探究する。『トットてれび』でも描かれた、黒柳徹子が渥美清にお互いに駆け出し時代に贈ったサン=テグジュペリ『星の王子さま』の一節こそ、満島ひかりが表現してきたものにふさわしい。笑い上戸の星を見上げる、その背景に隠された深い悲しみを思う。
「だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星をみるわけさ」
■宮代大嗣(maplecat-eve)
映画批評。ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、キネマ旬報、松本俊夫特集パンフレットに論評を寄稿。Twitter/ブログ
■放送情報
シリーズ江戸川乱歩短編集Ⅳ『新!少年探偵団』
第3回「妖怪博士」
BSプレミアムにて、3月25日(木)19:00~19:29放送
演出:古屋蔵人
出演:満島ひかり、麿赤兒、菅原永二、高橋來(「高」はハシゴダカが正式表記)、善雄善雄、藤原颯音、YOUほか
制作・著作:NHK、テレコムスタッフ
写真提供=NHK