『鬼滅の刃』大ヒットと『ジャンプ』アニメの隆盛 2020年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】
新型コロナウイルスの感染拡大により、未曾有の事態に陥った2020年。1回目の緊急事態宣言下において、数多くの映画が公開延期となり、アニメ界では制作の遅延により放送延期を決定する作品も現れた。その中でも、『泣きたい私は猫をかぶる』がいち早く劇場公開から配信へと舵を切るなど新しい動きや、『鬼滅の刃』の社会現象クラスの大ヒットなど、さまざまなニュースが飛び出した1年だった。
異例の1年を振り返るため、2020年1月に行った座談会に続き、レギュラー執筆陣より、アニメ評論家の藤津亮太氏、映画ライターの杉本穂高氏、批評家・跡見学園女子大学文学部専任講師の渡邉大輔氏を迎えて、座談会を開催。前編では、今なおヒットを続ける『鬼滅の刃』現象、そして近年隆盛を極めるジャンプアニメについて語ってもらった。(編集部)
“ヒットの理由”ではなく“何がキャズムを超えさせたのか”
―― 先日歴代興行収入ランキング1位に輝いた『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』、その制作会社であるufotableの盛り上がりは、2020年を象徴する事象の1つでした。皆さんはこの現象をどのように受け止めていますか?
藤津亮太(以下、藤津):アニメ映画は毎年たくさん作られているとはいえ、2020年の春から夏までは、コロナの影響でお休み状態だったんですよね。僕が取材をしている中で出た話なんですけど、2020年から2021年に向けてアニメ映画を準備している方々は口を揃えて、「まずは『鬼滅の刃』の様子を見てから」と言っていたんです。なので、やはり『鬼滅の刃』が、コロナの中で、映画興行としてどれだけお客さんを集客できるかというのは、安定的に映画興行を行う上で、1つの試金石として見ている人は多かったと思います。なので、ヒットして良かった。そして業界的には、まずスタート地点としては朗報だったなという感じです。
杉本穂高(以下、杉本):『鬼滅の刃』が記録的な大ヒットになっていますが、それでも今年の映画興行は前年比で50%程度にとどまっています。もし『鬼滅の刃』がなかったら、今年はどうなっていたのかと考えるとすごく怖いですね。
藤津:アニメ映画は、例年全体で400億円くらい売り上げていて、『君の名は。』のあった2016年が663億円なんですけど、今年は『鬼滅の刃』だけでほぼ例年通りみたいな感じになっていて。それはそれで極端な時代だなと思うんですけど。
渡邉大輔(以下、渡邉):僕にとってのアニメの2020年は、岩井澤健治監督の『音楽』で幕を開けて、『鬼滅の刃』で幕を閉じたみたいな感慨を持っています。すでにいろいろな人が言っていることですが、まず『鬼滅の刃』の方は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』を抜いて国内歴代興行成績の1位になったということが時代の変化を象徴していますね。つまり、「宮崎駿」という強烈な作家性と紐づいて1本にまとまった旧来型の映画ではなく、シリーズの途中の物語を描くコンテンツが興行成績を塗り替えたというのは、いわば「ポストマーベル」、「ポストNetflix」時代のアニメ映画がいよいよ存在感を増しているということでしょう。他方、『音楽』はロトスコープで作られた作品ですが、2つは対照的なスタイルの作品ながら、どちらも“アニメのデジタル化”が大きく関わっている点でも興味深いです。これは本当に大きな歴史の曲がり角というか、これまでの常識や映画興行の固定観念みたいなものを、コロナという状況も含めて、これからどんどん変えていくと思うんですよね。
杉本:深夜アニメはコアなファン向けで、一般向けにチューニングを施さなければキャズムを超えないという古典観念があったと思うんですけど、『鬼滅の刃』はほとんどそういう配慮もチューニングもしてないですよね。そういう作品がこれだけの大ヒットになったというのは、日本映画の流れをもしかしたら変えることになるかもなと思っています。『鬼滅の刃』はPG12作品として初めて100億超えのヒットを出した邦画で、日本映画は大ヒットを狙う時には、映倫の脚本審査でPG12に引っかかる描写は修正してしまうんです。そいういう配慮をしなくてもヒットは生み出せるという前例を作った功績は大きいと思います。
藤津:“ヒットの秘密”というよりは、“何がキャズムを超えさせたのか”は、考える価値があると思います。既存の知識や世に出ている情報から判断するに、『鬼滅の刃』は深夜アニメが面白いと話題になって、連載が盛り上がった2019年秋口とアニメの放送終了がうまくリンクしてバズったことで、小学生が関心を持って、紙の単行本がすごく売れたと。Googleトレンドを見ると、2019年9月の放送終わりから、LiSAが『紅蓮華』を歌った『紅白歌合戦』の12月まで、ずっと右肩上がりなんですよね。それで、小学生が関心を持つと今度はその親世代が興味を持ち出す。今の小学生の親って、『ジャンプ』が1番売れていた時代に引っかかっているんですよ。今は読んでいなくても昔読んでいた人が手を出してみても、『鬼滅の刃』は意外にジャンプ漫画っぽい。他の作品には変化球なものもあるけれど、『鬼滅の刃』は順番に敵と戦っていく方法で話が作られているので、馴染みやすかった。そんなふうに本来アニメを常習的に観ない人たちに、小学生を経由して広がったというのが、キャズム超えの最初の原因じゃないかなと。後は、アニプレックス側でやっていた施策ですよね。配信は一業者独占ではなく、できるだけ多く契約して、できるだけアクセスやチャネルを多くして、間口を多く設定したことが効いて、キャッチアップしやすくなっていた。しかも、それから1年近く時間があったので、キャッチアップする時間が十分あって、本番が来たという感じだと思っているんですよね。本来『ジャンプ』は小学生が読むものなんですけど、やっぱり今は紙の雑誌が売れないし、小学生はウェブコミックを熱心に読むというよりは、YouTuberを見ている中で、ぐるっと回って、深夜アニメを経由して本来のターゲットである小学生に届いたというのが、僕はキャズム超えの第一歩だったのかなと思っています。
渡邉:キャズム超えの最初の要因が小学生で、それがかつてのジャンプ読者の親世代に伝わり世代を越えて広がっていったというお話でしたが、ここ数年よく言われる、女性ファンの存在は、今回の『鬼滅の刃』のヒットでは作用しているのでしょうか?
藤津:大ヒット漫画は、今はわりとユニセックスに読まれているという印象なんですよね。小学館のSho-Comiの畑中雅美編集長が、インタビューで「私は、女の子が読めば、どこで連載されていようとも「少女マンガ」だと思っています」と語っていて、「今年一番読まれている少女マンガといえば『鬼滅の刃』ですし、部数やピュアな読者数で定義すればジャンプが一番の女性読者を抱えたマンガ誌かもしれません」と語っているんです。これは要するに、ヒット作と言われているものは、男女問わず薄く広く裾野が形成されがちだと思っているので、僕としては、マニアックな女性はもちろん、いわゆる一般層でも、あまり男女の行動の違いを分けて考えなくていいかなと。
渡邉:今ヒットしている『呪術廻戦』も、男女問わずすごい人気ですからね。
藤津:そうなんですよ。だから、とりあえず、マニアックな人気を一定数受けて、「今これが流行っています」というゾーンに行った漫画は、大概男女問わず読んでいるという印象ですね。