2020年の年間ベスト企画

年末企画:荻野洋一の「2020年 年間ベスト映画TOP10」 すべてが転覆可能な天/地にほかならない

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2020年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2020年に日本で公開された(Netflixオリジナルなど配信映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第10回の選者は、映画評論家の荻野洋一。(編集部)

1. 『空に住む』
2. 『風の電話』
3. 『セノーテ』
4. 『凱里ブルース』
5. 『ミッドサマー』
6. 『おらおらでひとりいぐも』
7. 『さくら』
8. 『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』
9. 『イサドラの子どもたち』
10. 『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』

『空に住む』(c)2020 HIGH BROW CINEMA

 2020年のベストワンは青山真治監督の『空に住む』だ。この映画の主人公(多部未華子)は、物語の開始時点ですでに事故死している両親の喪に服しており、物語の終盤でも大事な生命を失って、両親の死のとき以上の悲しみをおぼえる。しかし、タワーマンションの換気口から漏れ聞こえる下界のノイズにかろうじてありつく多部未華子にしたところで、喪の儀式を終えて再生に向かったということになってはいるものの、果たしてまだこの世に留まる存在たり得ているのだろうか? いや、ここに挙げたトップテン10本はそもそもすべて、天/地をあべこべにして作られたものばかりではないかとも思えてくるのである。

 2019年にはゴダールの圧倒的な『イメージの本』(筆者の昨年1位)があったし、『ジョーカー』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の大ヒットもあった。しかし2020年は、致し方ないことだが虚ろなうちに終わろうとしている。いや、空虚を真に埋めあわせる2020年作品は、じつは山田洋次の『男はつらいよ お帰り 寅さん』をおいて他にはないのだ。筆者は近年の山田洋次をまったく評価していないが(『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』拙評を参照)、怖いもの見たさで観た『お帰り 寅さん』が真に怖い映画であったことに衝撃を受けた。同作は、ここに挙げたトップテンのさらに上位に鎮座する。ところが公開日が2019年12月27日という極端なまでに年末であったため、2019年にも2020年にも足跡を残さない不遇の作品となってしまった。

『ミッドサマー』(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.
『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』(c)2018 SAGa/ Channel One Russia/ Message Film/ Eurimages

 今回のリストにはアメリカ映画が欠けている。アメリカ=スウェーデン合作の『ミッドサマー』を申し訳なさそうに5位に入れている程度だ。筆者はアリ・アスターのファンだが、『ミッドサマー』も『ヘレディタリー/継承』も、『お帰り 寅さん』ほどの怖さはない。かといっていくらロバート・ゼメキスでも『魔女がいっぱい』をリストに入れる勇気はなかった。その代わりに、アレクセイ・ゲルマン・Jr.監督『ドヴラートフ』がブレジネフ書記長時代のレニングラード(現サンクトペテルブルク)を舞台として、存分にアメリカのジャズを聴かせてくれる。ふと、ニューヨークから大量のジャズアルバムをモスクワに持ちこんだジョゼフ・ロージーのことを思った。レンフィルム撮影所の所長の息子であるゲルマン・Jr.にとって撮影所は幼少期から庭だっただろうし、所内周辺では浴びるほどジャズが鳴り響いていたことだろう。

『凱里ブルース』(c)Blackfin(Beijing)Culture & MediaCo.,Ltd – Heaven Pictures(Beijing)The Movie Co., ーLtdEdward DINGーBI Gan/ReallyLikeFilms
『セノーテ』(c)Oda Kaori

 ゲルマン・Jr.にとってのレニングラード、苗(ミャオ)族であるビー・ガンにとっての貴州省凱里、大阪を舞台としたかに見せかけて臆面もなく故郷の甲州の斜面を写し続ける『さくら』の矢崎仁司しかり、ユカタン半島の泉に沈潜していく『セノーテ』の小田香しかり、〈その場所にある〉ことを追究した映画には、思考の流れがワンカットごとに書き込まれている。ただ単にシナリオの指定どおりに制作担当に連れて行かれるまま、ロケーションを決めた映画ほど退屈なものはない。

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