菊地成孔が『ミセス・ノイズィ』を語る これからのホームドラマにおける時代設定の重要性

ホームドラマを作る上での時代設定の重要性

ーーうーむ。

菊地:だから、応援したいっていう気持ちが、もう90%なんですけど、その上で「苦言」ではなくひとつの「提言」として……というか、それは我々観客も一緒になって、考えていかなきゃいけない問題なのかもしれないですよね。どのくらいまでそれを責めるのか、あるいは許すのかっていう。この映画が、実際の事件があった15年前とかの話だったらいいんですけど、これを今の話として捉えるのであれば……というか、観ているほうも、自分がこの映画をいつの時代の話として観ているのか、ちゃんと考えたほうがいいのかもしれないですよね。これからの時代は、そういうことが、どんどん大事になってくると思うので。そう、ちょっと前にウディ・アレンの『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』っていう映画があったじゃないですか。

ーーティモシー・シャラメとエル・ファニングが出ている。

菊地:そうそう。あの映画は今の時代を描いた作品のはずなのに、SNSの扱いがおかしいというか、ちょっと軽過ぎるんですよね。それはまあ多分、ウディ・アレンがスマホを持ってないからだと思うんですけど(笑)。スキャンダルのあり方に、ちょっと70年代的なところがあって。実際に70年代に書かれた脚本とか使ったりしますからねウディ・アレンは(笑)、だけれども、そこを差っ引いても傑作であると。というか、そこって今、すごい重要なところになっていると思うんですよね。特に、若い世代で映画を作る人にとっては。アレンのような老人特需は許されないし、自動的に「現代を描いた」とされてしまう。たとえば、今の時代って、そのへんのカフェとかに入ったら、みんな黙ってスマホを見ていたりするじゃないですか。だけど、監督としては、そういう殺伐とした風景は、あんまり撮りたくないですよね。電車に乗ったら、全員スマホを見ているとか(笑)。でも、実際の現実は、そういうふうになっているわけで……そのあたりが今、すごい難しいんですよね。さらにこれからは、コロナの問題も入ってくるわけじゃないですか。

ーーそうですよね。

菊地:そこを知らんぷりして、アンリアルな現在を描いていくのか、もうこれは過去の話ですって断った上で、物語を描いていくのかっていう。これは今、すごい切迫した問題だと思うんです。『鬼滅の刃』とかだったら、別にいいわけですよ。あれは一応、大正時代の話だから(笑)。だけど、今の時代に、例えば令和のホームドラマを描こうとしたら、政治経済のことはギリギリ避けられるかもしれないけど、SNSやコロナの問題っていうのは、やっぱり避けて通れないわけで。ひょっとしたら、平成において昭和の時代にこだわり続けた人がいたように、令和においても、平成の時代にこだわり続ける人が出てくるかもしれないですよね。俺はSNSの無かった平成の前半しか描かないんだっていう(笑)。だったら、今僕が言ったような問題点は、全部クリアできるので。別にそれでもいいと思うんですよね。いつの時代にもあったことだし。

ーー目の前にあるのと同じ現実を、どれだけの人が映画の中に求めているのかっていう問題もあるような気がします。

菊地:そうですよね。細かい話はどうでもいいから、とにかく笑って泣ける話が観たいんだっていう民の欲望というか、とにかく今日はチャーハンが食べたい気分なんだっていう(笑)。で、それにちゃんと応えますよっていうものが作りたいのであれば、それはそれでいいと思うんです。自分はオールドファッションな若年寄りスタイルで、三谷幸喜さんとはまた違った意味でビリー・ワイルダー原理だ。とかね。その上で笑って泣けるウェルメイドなコメディを作りたいんだっていう。そういうことなら、その意気や良しというか、それはそれでまったく問題ないわけで……ただ、さっき言ったように、そういう、「平成レトロ」みたいな(笑)ことにしない限り、SNSはやっぱりひとつの急所になってしまうんですよね。だからまあ、今の時代っていうのは、時空を脇に置いたような突拍子もないコメディを作るのは簡単なのかもしれないけど、リアルな生活の中から出てくる泣きと笑いのコメディを作るのは、ホント難しいと思うし……これからの時代の映画監督は、コメディであれ、ナンセンスであれ、ポストモダンであれ、ホームドラマを作る上では、時代設定を曖昧にできない、「家族」というのは一番リアルなリージョンであって、逆にいうと、どんな時代にも設定できる。設定に意味が出る。そこが面白い所になると思います。『万引き家族』や『パラサイト』は、もちろん作劇が素晴らしかったんだけれども、タイミングにも恵まれたと言えます。

■公開情報
『ミセス・ノイズィ』
全国公開中
出演:篠原ゆき子、大高洋子、長尾卓磨、新津ちせ、宮崎太一、米本来輝、洞口依子、和田雅成、田中要次、風祭ゆき
監督・脚本:天野千尋
配給:アークエンタテインメント
(c)「ミセス・ノイズィ」製作委員会
公式Twitter:https://twitter.com/MrsNoisy_movie

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