『鬼滅の刃』大ヒットの理由は原作とスタジオの相性にあり? TVシリーズと劇場版の表現から探る

 日本での初公開から10日で107億円という記録的な興行収入を獲得し、コロナ禍という特殊な状況とはいえ、同期間の日本を除く世界全ての興行成績すら上回ってしまうという、異常ともいえる結果を出した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。ブームは社会現象と呼べるまでに加熱し、コロナ禍による劇場の興行不振のなかで、その凄まじい勢いは上映館の救いの主となっている。

 しかし、いったいなぜ本作はここまでの大ヒットにつながったのだろうか。膨大な上映館数の確保、TVシリーズのネット配信、原作の連載完結などなど、多くの条件が重なったことが、この結果を生み出すことに寄与したのは確かだろう。だが、あくまでそれらは外部的な要因でしかない。どんなに大規模なプロモーションを打とうが、結果が出ないものは出ないのだ。ここでは、作品の中身そのものに絞って、今回多くの観客を呼び込むことになった理由を見つけていきたい。

 『週刊少年ジャンプ』の人気漫画作品として、2020年までの4年間という連載期間を終えた『鬼滅の刃』。その連載が佳境にあった2019年に、TVアニメ第1期の放送が開始された。まず、そのTVシリーズを作り上げたスタジオ“ufotable”による、ブームを強く後押しすることになったアニメーション表現に注目していこう。

 TVシリーズ第1話を思い出してほしい。山奥に住む主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、家を留守にしている間に家族が鬼の襲撃に遭い、母親や弟、妹たちを惨殺されてしまう。一人だけ、かろうじて生きていた妹の禰豆子(ねずこ)を治療するため、彼女を背負って、山奥の自宅から離れた麓の村まで向かうという、絶望的な物語の幕開けを、第1話冒頭のシーンとして切り取っている。そのときカメラは、炭治郎を俯瞰しながら上空へと上がり、彼の向かう先がおそろしく遠くにあるということを、スケール感を与えながら表現する。

 手描きで表現することが困難な、ドローン撮影のような実写的カメラワーク。これはufotableが、CGを得意とするスタジオだからこそ達成し得たシーンだといえよう。しかし、こんな難度の高いカットを作らなくても、最低限、原作の雰囲気を再現したシーンで内容を構成するだけで、アニメ化の仕事はまっとうできたはずなのだ。

 人気漫画作品を原作にしたアニメーション、とりわけ近年の『週刊少年ジャンプ』作品というのは、スタジオの暴走を許さず、原作から外れた内容を描かないように、絵柄にも物語にも、レールから外れないよう厳しいチェックを入れるはずであり、その目はより厳しいものとなってきている。だから、この種の題材は比較的自由度がなく、やり甲斐が薄いと感じてしまうクリエイターも少なくないのではないだろうか。しかし、そんな状況においても、アニメーションが独自に描くことができる範囲がある。それは、原作のコマとコマの間に存在する、“描かれなかった余白”であり、絵の中で“省略された動き”である。

 この余白をリッチにしていくという努力は、炭治郎が鬼を退治するための剣技を習得し技を披露するシーンで、派手に表現されることになる。原作でも印象深い、刀から葛飾北斎の浮世絵のような波が現れるという演出を、CGと手描きによって見事なアニメーションとして映し出すことに成功したのである。このように、エフェクトや細かなアニメーションの動きに取り組み、新しい表現を生み出そうとするこだわりが、作品のクオリティを高く保つことに結びついたのだ。

 漫画『鬼滅の刃』のアクションは、少年漫画のなかでとくに際立ったものだとは言いづらい。なかでも必殺技にあたる、太刀筋を表す“型”の表現については、それがどんな原理でどんな効果が起こっているのか、そしてどう技同士がぶつかり合っているのか、漠然としていて抽象的だと感じる場面が少なくない。その意味では、技の名前を叫ぶものの実際に何が起こっているかよく分からない『聖闘士星矢』などの作品に通じるところがある。一枚の絵としては華やかに感じるものの、殺陣(たて)そのものにそれほど興味がないのではないか。だが、この動きをアニメーションが、より具体的なものとして補完してくれる役割を果たすのである。

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