『TENET テネット』徹底解説! “時間の逆行”、登場人物の背景、そしてノーランの哲学まで
しかし本作は、ノーラン監督の過去の作品の多くがそうだったように、人間の感情にうったえる表現を中心に置くことを忘れていない。それが分かってくるのは、アメリカ娯楽映画の代表的な存在である『カサブランカ』(1942年)からの引用が見られるシーンで意識することができる。『カサブランカ』が、男女の愛の果てに、ささやかな友情を得るように、本作もまた、名もなき男とある人物との友情を描いた作品であることが、ここで明らかになるのだ。
ノーラン監督は、それをいくつかのシーンにおける演出によって暗示し、本作の表面を冷ややかな感触にしながら、その中に感動的で熱い物語を隠したのである。ニールの正体は誰だったのか、そしてニールのこれからの運命はどうなるのか。これらの真相を劇中の描写から知ることによって、本作は異なる作品として再び立ち上がることになるだろう。
かつて『インターステラー』でノーラン監督は、ウェールズの詩人ディラン・トマスの書いた一節を引用した。「穏やかな夜に身を任せるな 老いても怒りを燃やせ、終わりゆく日に……」これは作中で、人類滅亡の危機に瀕した主人公たちに、困難な道を諦めずに進ませようとする精神を与えようとするものだ。そして、これはただ個人に送られるエールにとどまらず、人類そのものを鼓舞する力となっている。
“テネット”という言葉には、“信念”や“信条”という意味もある。本作『TENET テネット』で映し出されるのは、人類が“時間の制御”という技術に触れた後の世界である。人間はものごとを思考し続ける限り、あらゆるものを征服し、未来の扉を自分自身の力で開くことができる。それは、人類に脅威をもたらす危険性もある反面、その力で人を救い、世界や大事な人を守るためにも使うことができる。どちらにせよ、自身の信念によって行動する自主性を持つことが、人間の素晴らしさであるという、ノーラン監督の哲学が、ここに流れているはずである。
名もなき男は、一見すると、ただ状況に応じて動くだけの魅力の薄いキャラクターに感じられるところがある。だが、彼がエリザベス・デビッキ演じる女性を苦境から救おうとした優しさに注目してほしい。そんな彼の自主的で善良な行動は、劇中のある人物の心を動かし、結果として世界の命運を決定することにつながるのである。そんな彼らの熱い精神“テネット”こそが、人類を救う最後の希望となったのだ。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『TENET テネット』
全国公開中
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス
製作総指揮:トーマス・ハイスリップ
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、アーロン・テイラー=ジョンソン、クレマンス・ポエジー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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公式サイト:http://tenet-movie.jp
公式Twitter:https://twitter.com/TENETJP