『借りぐらしのアリエッティ』は決して“失敗作”ではない ダイナミズムと対極のささやかな世界の魅力

 米林監督は、ダイナミックなアクションよりも心の機微を繊細に拾う日常芝居を描く方に関心が高いのかもしれない。作中、スピラーという小人の少年がムササビのように飛び去るシーンがある。飛行シーンと言えば宮崎アニメの代名詞だが、米林監督は本作唯一の飛行シーンを見せ場に設定せず、短いワンカットで見せるのみに留めた。あとに続くアリエッティが手を振って見送るカットの方が長いくらいだ。空飛ぶスピラーよりも、丁寧に長い時間手を振るアリエッティの方をより見せたいわけだ。おそらく、宮崎駿が監督していたら全く違った絵コンテの切り方になるのではないだろうか。

 おそらく多くの観客がスタジオジブリの作品に求めるものは、飛行シーンに代表されるようなダイナミズムだろう。その意味で本作はそういう観客のニーズに答えていない部分はあるのかもしれない。だが、それとは別のカタルシスをきっちりと提供している作品でもあり、それを提示したからこそ若い新人監督をデビューさせた意味もある。

 お茶をそそぐ、裁縫をする、食事をする、洗濯物を干す、両面テープを手足につけてよじ登るなどの生活芝居の細やかな描写には目を見張るものがあるし、翔という少年の線の細さは歴代ジブリの男性主人公と比べて異色の存在だ。彼の線の細さは『トーマの心臓』を意識しただけはあり、従来のジブリ作品にない耽美さを醸し出す要因になっている。

 『トーマの心臓』に代表される少女漫画のギムナジウムものというジャンルは、全寮制の男子学校という閉鎖的な箱庭の世界の濃密な人間関係を描く。そういう作品には、広い世界を広角レンズでとらえるようなタイプの作品ではなく、やはり被写界深度の浅い作風が似合う。米林監督の少女漫画的な志向性が本作にもたらしたカタルシスは、そんな箱庭的なピュアな感情の波だったのではないか。そして、そのセンスは続く『思い出のマーニー』でさらに濃密に発揮されている。

 そんな箱庭的ピュアさに沈殿する楽しみが本作にはある。繰り返しテレビで放送されるたびに、その魅力を発見する人が増えるだろう。ダイナミズムと対極のささやかな世界の魅力をぜひ堪能してほしい。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■放送情報
『借りぐらしのアリエッティ』
8月28日(金)21:00〜22:54放送
※ノーカット放送
企画・脚本:宮崎駿
監督:米林宏昌
原作:メアリー・ノートン
声の出演:志田未来、神木隆之介、大竹しのぶ、竹下景子、藤原竜也、三浦友和、樹木希林
(c)2010 Studio Ghibli・NDHDMTW

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