作品の削除を行う事例も Black Lives Matterがアメリカの表現活動にもたらした変化

BLMがアメリカの表現活動にもたらした変化

 他方、作品の削除を行う事例も出てきている。スティーヴ・カレルが主演したドラマ『ジ・オフィス』(米版、2005年~2013年)のエピソード「ドワイトのクリスマス」(2012年)内で、ブラックフェイスを用いたジョークが描かれていることから、同エピソードのNetflixでの配信を取りやめている。これは『ジ・オフィス』の製作総指揮グレッグ・ダニエルズによる判断で、今後いかなるシンジケーションにも乗ることはないという。このほか、ティナ・フェイ主演のドラマ『30 ROCK/サーティー・ロック』(2006年~2013年)内のブラックフェイスを用いたエピソードも、製作総指揮も務めるフェイの依頼で削除されている。『ジ・オフィス』も『30 ROCK/サーティー・ロック』も、社会や世論を風刺するシニカルなコメディドラマとして人気を博していた作品で、“笑い”に対する概念が変化してきていることがわかる。この手の社会風刺作品には文化や人種を笑いのネタにするジョークが数多く登場する。現状認識とコンテクストをもって笑いに転化するアメリカのコメディ文化において、この判断基準設定はとても難しい。これは今後も継続的に議論されていく問題になると思われる。

 最後に、日本語ではわかりにくい英語の文法に関する変化を記しておきたい。米国内の新聞・放送各社の協同組合であるAP通信は6月19日、報道機関、政府機関、広報機関が文法のガイドとして使う「APスタイルブック」内で、黒人や黒人の文化、人種、民族に関する事柄を表記する際の単語“black”の表記を大文字の“Black”に改定し、固有名詞とした。「小文字の“black”は色を表す単語であり、人を表す単語ではない」からだ。また、原住民を表す“Indigenous”も同様の理由から大文字表記となった。この決定はBLMの台頭を受けて急遽行われたものではなく、AP通信と有識者の間で2年以上協議されてきた結果だという。同様に、”white”も大文字の“White”に表記を変える考察も行われていて、1ヶ月以内をめどに結論を出すという。ただし、一般的に”white”は肌の色を表す単語で、歴史や体験を含めた全体を表す単語ではないというのが現在の見解だ。一見小さな変化だが、“Black”を大文字表記にすることは、この難解な議論のなかで意識を変えるひとつの明確な言明となった。そして最も重要なことは、BLMを受けて歴史と向き合い、様々な考察と議論を行った上で、今できる変化を具現化したことにあると思う。

参考

https://variety.com/2020/digital/news/gone-with-the-wind-hbo-max-disclaimer-horrors-slavery-1234648726/
https://www.hollywoodreporter.com/news/sky-adds-outdated-attitudes-disclaimer-aladdin-breakfast-at-tiffany-s-1299594
https://www.hollywoodreporter.com/news/sky-adds-outdated-attitudes-disclaimer-aladdin-breakfast-at-tiffany-s-1299594
https://variety.com/2020/tv/news/the-office-blackface-scene-edited-out-community-episode-pulled-netflix-1234691427/

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

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