アイドルアニメブームが生み出した新たな視点 『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の魅力

 本作の魅力のひとつとして挙げられるのが、まずは「アイドルオタク」の実情を忠実に再現している点だろう。アイドルの現場にも少なからず存在する過激派アイドルオタクの主人公・えりぴよをはじめ、眼鏡で太り気味な体型という典型的なキャラ設定のくまさ、推しと恋人関係を夢見る「リア恋勢」の基といったメインキャラクターたちは、まさにステレオタイプなオタク像。「積む」「釣り」「握手会」「ランダム商法」といった専門用語から人気投票や運動会、生誕ライブなど欠かせないイベントも登場し、しっかりと視聴者が実世界と価値観を共有する導線が敷かれている。

 このようにオタクなら共感してしまうアイドル現場のリアリティを追求しつつも、さらにオタクとアイドルの関係性を一種のコメディ調で描くことで、絶妙なバランス感が担保されている点は興味深いところだ。

 アイドルオタクのイメージとしては男性を思い浮かべる人も多いと思うが、ここでは美少女のえりぴよがトップオタとして登場する。そのえりぴよは、舞菜のためなら一心不乱に応援する熱い女性なのだが、その行動がたまに狂気じみていて逆にクスッと笑えてしまうこともしばしば。例えば、雑誌で舞菜の好みのタイプを耳にしたえりぴよは、すぐさま実行に移して握手会に登場するという具合だ(第3話では舞菜のタイプが「背が高い」「渋い色のスカーフが似合う」「口ひげが生えている」と聞いたえりぴよは付け髭にスカーフを身に着け、さらに竹馬で登場)。これは一線を通り越してギャグに近い。

 アイドルとオタクの関係性はデリケートな問題として扱われることも多いが、主人公が女性であることに加え、「関係性」の中にコメディの要素を加えることで、一切その問題を感じさせない。むしろこの非現実的な振り切り感こそが本作の魅力であり、絶妙なバランスが保たれている秘訣である。

 また、『推しが武道館いってくれたら死ぬ』は誰かを全力で応援することの素晴らしさを伝えてくれる作品でもある。48グループや坂道グループといったメジャーなアイドルはさておき、本作に登場する「ChamJam」のようないわゆる地下アイドルはまだまだ未知な部分も多いのではないだろうか。ましてやそのオタクとなればなおさらだろう。

 本作を観れば分かるが、地下アイドルとオタクの距離感は非常に近い。ライブやイベントも頻繁に開催され、アイドルとオタクの一体感はメジャーアイドルのそれ以上だ。だからこそ、オタクの情熱も人一倍強く、推しを人気アイドルにするために全力を注ぐし、アイドルもそれに必死に応えようとパフォーマンスを披露する。この相互関係を直に感じられるのが地下アイドルの良さであり、推す原動力となっている。

 このように距離感が近いからと言って、アイドルとファンという関係を踏み外すことはせず、この関係性の中でどれだけ他人へ愛情を届けるか、応援できるかというオタクの信念の部分が本作の一番の魅力だ。ここまで真摯に誰かを応援することがひとつの生き方として、新たな価値観を提示している作品は多くはない。えりぴよの舞菜に対する人生を懸けた愛情を見ていると、「推すっていいな」と感じてもらえるはずだ。

 方向次第では生々しく感じられる設定ではあるが、リアリティとコメディ要素が絡み合っていることで、アイドルオタクの実態が嫌味なく描き出されている『推しが武道館いってくれたら死ぬ』。何かに一生懸命になることの素晴らしさに気づかせてくれる内容になっているので、本作を通じて感じ取ってほしい。

■川崎龍也
音楽を中心に幅広く執筆しているフリーライター。YouTubeを観ることが日課です。Twitter:@ryuya_s04

■放送情報
『推しが武道館いってくれたら死ぬ』
TBS系にて、毎週木曜深夜25:28~25:58放送
原作:平尾アウリ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(徳間書店リュウコミックス)
監督:山本裕介
シリーズ構成:赤尾でこ
キャラクターデザイン:下谷智之・米澤優
CGディレクター:生原雄次
色彩設計:藤木由香里
美術監督:益田健太
美術設定:藤瀬智康
撮影監督:浅村徹
編集:内田恵
音響監督:明田川仁
音響効果:上野励
音楽:日向萌
アニメーション制作:エイトビット
(c)平尾アウリ・徳間書店/推し武道製作委員会

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