シリアルキラーものの傑作! 『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』に宿る孤独とユーモア

『フリッツ・ホンカ』が傑作の理由

 事件のあったハンブルクは、アキン監督が生まれ育った土地だ。ハンブルクを作品の舞台にしてきた監督は、この作品も、ある意味、ひとつの地元映画として撮っているところがあるのだ。本作が胸に迫り、一層残酷に感じられるのは、身近な場所で生きた人々に、監督が一種の愛情を感じ、登場人物一人ひとりを、人間として魅力的に描いているからではないのか。

 本作の登場人物は、社会のなかで除け者にされた孤独な人ばかりである。原作者のハインツ・ストランクが演じる謎めいた男や、寂しい独り身の男たち、客を探す娼婦たちなど、ゴールデン・グローブに集まる者たちは、誰もが喪失感を味わいながら、日々の不安をアルコールで紛らわしている。ホンカに目をつけられる、若い女子学生もまた、学校生活に馴染めずにいる。その境遇は、トルコ系の移民としてドイツで育ったアキン監督とも重なるのだ。

 人は、生きている限り、他者との繋がりを持とうとする。それがたとえ一時的なものであったとしても、差し伸べられた手をつかもうとするだろう。殺人鬼であるホンカでさえも、そうしなければ生きていけなかった。彼が被害者の死体を捨てきることができなかったのも、案外それが理由だったのかもしれない。アキン監督が本作で真に描いたのは、殺人そのものよりも、事件によって浮かび上がる、ハンブルクの街に実際に生きて存在していた、希望に見放された人々の物語であり、それでも希望を追い求めてしまう人間の孤独な姿だったのではないだろうか。

 そんな絶望のなかにあって、本作では、ひとりの女性が希望を見出し、神に導かれるように、ホンカの魔の手から逃れる姿が映し出される。陰惨な世界のなかで描かれた、この救いは、本作に神々しいまでの美しい寓話性と感動を与えている。

 人生とは、なんと過酷で醜いものなのか。そして同時に、なんとあたたかく素晴らしいものなのだろうか。本作が傑作といえるのは、映像と物語を通して、観客をそのような境地にまで運んでくれるからである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』
2月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:ファティ・アキン
出演:ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、ハーク・ボーム
配給:ビターズ・エンド
2019年/110分/ドイツ/原題:Der Goldene Handschuh/英題:The Golden Glove
(c)2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathe Films S.A.S./Warner Bros.Entertainment GmbH

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