シリアルキラーものの傑作! 『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』に宿る孤独とユーモア

 ホンカは、昼間に街で見た美しい女子学生の姿を夢想しながら、「その醜い顔を見せるな!」と老いた娼婦を怒鳴りつけ、顔を背けさせて性欲を発散しようとする。殺人だけではなく、本作は様々な場面で、ホンカの暴力性を見せていく。そしてそれは、彼のなかのコンプレックスに原因があることが、いろいろな態度から分かってくる。原作小説では、人格を形成する少年時代の描写があるが、映画にはない。それでもしっかりとホンカの内面が伝わってくるのだ。

 人並み以上の性的な衝動にくわえ、プライドを傷つけられると激昂し、酔いにまかせて女性に暴力を振るい、それがエスカレートして殺害に至ってしまう。魅力的な容姿と態度で、大勢の女性を惹きつけて殺害したテッド・バンディや、チャールズ・マンソンのようなカリスマ性を持っているわけでもなく、知性もあまり感じられない、冴えないホンカは、語弊があるかもしれないが、“凡庸な”タイプのシリアルキラーだといえよう。

 死体は部屋の隅の収納スペースに無造作に押し込み、匂いが出ないようにガムテープで密閉しようとする。当初は、人目を気にして死体を外に捨てに行けなかったホンカだが、だんだん面倒くさくなってきたのか、部屋を片づけるのをさぼるのと同じような感覚で、死体を部屋の中に置きっぱなしにしている。実際のホンカが、そのような理由で死体を部屋に置いていたのかは分からないが、シリアルキラー界のダメ人間の行動として、異様に説得力のある描写だ。

 片づけないために次第に異臭はきつくなっていき、部屋にやってきた人や、下の階に住んでいるギリシャ人一家も、悪臭に文句を言い始める。彼らも、まさかそれが人間の死臭だとは気づいていないだろう。迷惑というだけでなく、このままでは逮捕されてしまう可能性があるのにも関わらず、ホンカは死体を外に捨てようとはしない。悪臭をいまいましく感じながらも、酒をあおって忘れてしまうのである。

 このように、重大事件を起こしながらも間の抜けた行動をしてしまうホンカの状況が、ところどころコントを見ているように、ユーモラスに感じられるのが、本作の特徴だ。むしろリアルにも感じられてしまうところもある。われわれは殺人を世にもおそろしい行為ととらえているが、現実にはこのように、思ったよりも淡々としていて、コントのように感じられる瞬間すらあるような気がしてくる。

 このような撮り方は、一見すると、ラース・フォン・トリアーやミヒャエル・ハネケの露悪的な演出に近いようにも思える。だが本作は、彼らのように観客の神経をわざと逆なでするような意図を持っているというよりは、もっと登場人物の目線に近いところで描いているように感じられる。アキン監督自身も、実際に被害者が存在する事件を題材にした本作について、「被害者の尊厳を守る」と何度も発言しており、「ホンカの尊厳も守る」とすら述べている。

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