『コタキ兄弟と四苦八苦』はなぜ“懐かしい”のか 野木亜紀子の脚本と山下敦弘の演出の相性の良さ

『コタキ兄弟と四苦八苦』の懐かしさの正体

 同時に面白いのは、そんな2000年代の男子校的世界からも疎外されていた、女たちの厳しい目線が盛り込まれていることだ。無論それは、野木による批評的な眼差しである。

 2000年代に映画監督としてキャリアをスタートした山下と、2010年にフジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞した単発ドラマ『さよならロビンソンクルーソー』(フジテレビ)から脚本家としてのキャリアをスタートした野木とでは、同世代のクリエイターでも作風に微妙な違いがある。『逃げ恥』や映画『アイアムアヒーロー』で野木は、2000年代に非モテ、現在ならインセルと呼ばれるようなモテない男性が抱える鬱屈した心情を読み替えてきた。男らしさと社会的成功から疎外された非モテ男子たちの自己憐憫を、時に甘やかし、時に冷たく突き放すことで非モテ男子のメンタルを肯定的に読み換えてきたことが、2010年代に野木が果たした一つの功績だったのだが、同時にそんな男たちに、ダメな自分に酔うことすら許されなかった女たちの鬱屈を対峙させていた。

 それは『コタキ兄弟』に登場する毎話のゲストにも強く現れている。今のところ第3話以外のゲストは全員女性だが、彼女たちの置かれている状況は深刻かつ切実で、常に人生の決断を迫られている。

 つまり、コタキ兄弟と女性たちと対峙は、2000年代的な山下敦弘の世界と、2010年代的な野木亜紀子の世界観の衝突で、その結果、2020年の気分のようなものが煙のように浮かび上がるという構造になっているのだ。

 このような作品が、東京オリンピックを目前に控えて忙しない2020年の日本で作られたことに、とても意義を感じる。大げさかもしれないが、今の時代に乗れずにあまり世の中に関わりたくないと思っている筆者のような人間にとって、本作は心のシェルターのような存在だ。おそらくそれは深夜ドラマが持つ効用の一つではないかと思う。

 『孤独のグルメ』を筆頭にテレ東の深夜ドラマは、一人で淡々と生きている人たちに対してどこか優しい。SNSが普及し絆の尊さが叫ばれる時代において、誰ともつながらずに自己充足の世界に浸ることは悪とまでは言わないが、どこか後ろめたい行為に見える。だが一方で、不正規雇用と生涯未婚の人が増えている日本において、一人で生きている人たちを肯定する思想のようなものが求められていると日々、思っている。

 『孤独のグルメ』から派生した『サ道』や『ひとりキャンプで食って寝る』(共にテレビ東京系)といった個人の自己充足を追求する“ぼっちドラマ”に励まされるのは、孤独がそんなに悪いことではないと思えるからで、『コタキ兄弟』にも同じエッセンスを感じる。

 無職のおじさんたちが淡々と生きている姿を毎週見せてもらえること、それ自体に救いのようなものを感じるのだ。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
ドラマ24『コタキ兄弟と四苦八苦』
テレビ東京系にて、毎週金曜深夜0:12〜放送
※テレビ大阪のみ、翌週月曜0:12〜放送
主演:古舘寛治、滝藤賢一
脚本:野木亜紀子
監督:山下敦弘
音楽:王舟&BIOMAN(スペースシャワーネットワーク)
チーフプロデューサー:阿部真士(テレビ東京)
プロデューサー:濱谷晃一(テレビ東京)、根岸洋之(マッチポイント)、平林勉(AOI Pro.)、伊藤太一(AOI Pro.)
制作:テレビ東京、AOI Pro.
製作著作:「コタキ兄弟と四苦八苦」製作委員会
(c)「コタキ兄弟と四苦八苦」製作委員会
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/kotaki/
公式Twitter:@tx_kotaki

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