深田晃司監督が明かす、『よこがお』製作の裏側 「曖昧な世界をそのまま描くことが大事」

深田晃司監督が語る『よこがお』

 2019年に公開され、国内外で高く評価された深田晃司監督の日本・フランスの合作映画『よこがお』は、観る人によって大きく印象が変わる作品だ。物語は筒井真理子が演じる市子(リサ)の転落劇なのだが、説明が難しく、観る人によってこれだけ受け止められ方の違う映画も他にないのではないかと思う。

 今回、リアルサウンド映画部では、Blu-ray&DVD化を記念して、深田監督に映画の裏話について伺ったのだが、もしもまだ『よこがお』が未見の方がいたら、まずは前知識なしで作品を観ることをおすすめしたい。そして観終わった後で、このインタビューを読んでいただけると、劇中で気になったことを考える上でのヒントになるのではないかと思う。

あえて違いを作らなかった時制

――『よこがお』は、前知識がない状態で観るのと、色々知った後で観るのとでは作品の印象が大きく違う作品だと思います。どういう状態で観てほしいという希望はありますか?

深田晃司(以下、深田):いつも迷うのですが、まっさらな状態で観てもらうことを前提としています。最初の15分くらいは混乱していただき、だんだんお客さんが発見していくという感じになるといいなと思って作りました。

――現在と半年前を行き来する話で、美容室の場面から家のパートに切り替わるのですが、正直に告白すると、最初は回想だとわからなかったです。

深田:そこで回想だとわかる方は、よくて10%弱かなぁと思います。

――そうなんですか! 何か大事なものを見逃したかのなと最初、混乱しました。

深田:冒頭から20分ほど経過して、7~8割の人がわかってくるというイメージで作りました。

――「半年前」とテロップを入れる、色味を変えるなど、明確な“変化”を付けるのが一般的な作品には多かったように思います。

深田:撮影監督にはトーンを揃えてほしいと言って、撮り方も変えてません。『淵に立つ』のときは時系列によって微妙に変えてまして。時間がとんだ後は手持ちカメラのシーンを増やすとか、色味をわからない程度にいじったのですが、今回はわからないようにしています。唯一ノイズだけは、現在パートで足しています。

――最初、リサさんだった人が、途中から市子さんになるので、頭がこんがらがって(笑)。でも、その混乱自体がすごく面白かったんですよね。

深田:人によって気づく速度が違うといいなと思って作りました。傾向として、女性の方が気付くのが速いのが面白いですね。大学生の男女2人が観た時の感想を教えてもらったのですが、男性の方は最後の方まで時系列が違うことがわからなくて、最後の場面でやっとわかったと言っていて。女性の方は「何言ってるの? すぐわかったよ。髪型をみればわかるじゃん」と言っていたんです。ああこれが「妻が髪型を変えても夫は気付かない」というアレかと思いました。

――制作には2年程かかってますね。

深田:脚本開発に1年半ぐらいかけました。撮影の直前まで直していました。

――何故、そんなに時間がかかったのでしょうか?

深田:時系列の見せ方ですね。最初は時系列の順番どおりに話が進んでいたんですけど、どうもしっくりこない。入れ子構造はミラン・クンデラの『冗談』という小説にインスパイアされたのですが、今まで時系列をずらした映画に挑戦したことがなかったので、一度挑戦したいと思っていました。

――市子さんたち登場人物の設定はどうでしたか?

深田:関係性はどんどん変わっていきました。親戚の男の子が事件を起こして市子さんが巻き込まれていくという設定は初期段階からありました。当初は基子(市川実日子)は事件を取材に来た新聞記者でだんだん親密になっていくというものだったのですが、週刊誌の記者というのが、あまりリアリティがないなと思って、最終的に市子は訪問看護師で基子は患者の家族になりました。

――家の中で物語が展開するので、そこから逆算して訪問看護師という仕事を思いついたのかと思いました。

深田:筒井さんに出演していただいた『淵に立つ』に、娘を介護するという印象的なシーンがありまして、その影響で訪問看護師という職業になったのだと思います。企画・原案のプロデューサーの方の実体験も盛り込まれていて、詳しい話を聞けたことも大きいですね。あとは設定を活かして、今度は基子のような女の子が側にいるとすればどういう状況なのだろう? と、連想ゲームのように逆算して決まっていきました。

――基子はニートという設定ですが、劇中ではっきりと触れているわけではありません。シナリオや小説を読むとわかるのですが。

深田:ニートという設定は、市子への憧れと基子が変わっていくことを表すための設定でしたが、撮影段階で引いていった要素です。最終的にはわかってもわからなくてもいいやというくらい。市川実日子さんのジャージ姿の存在感が強かったので、記号的なニートっぽさは出さなくてもいいという判断になりました。この部分は脚本段階で非常に迷っていた部分でもあったのですが、ニートや引きこもりと呼ばれる人が歪んだ心を持っていて、人に害を与えるような行動を取るといった印象になると、それは意図と違うなと思い、あくまで背景にとどめました。

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