小林直己が語る、ハリウッドでの映画製作で受けた刺激 「自分の考えや意見を伝える技術をもっと磨きたい」

小林直己が語る、ハリウッドでの映画製作で受けた刺激 「自分の考えや意見を伝える技術をもっと磨きたい」

 Netflixで11月15日より全世界同時配信が決まった映画『アースクエイクバード』でハリウッドデビューを果たした小林直己。小林はEXILE/三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのパフォーマーとして活動する一方で、精力的に英語を学び、今年5月には世界最大のファッションの祭典「METガラ」に初参加、LDHのアメリカ支社となるLDH USAにて、クリエイティブ・キャリア・アドバイザーも務めるなど、世界にもその活躍の場を広げている。

 本作はリドリー・スコットが製作総指揮を務め、日本在住経験のあるイギリス人作家スザンヌ・ジョーンズによる同名ミステリー小説を、日本に滞在した経験を持つ『アリスのままで』『コレット』のウォッシュ・ウェストモアランドが監督を務め映画化。小林はオーディションを勝ち抜き、アリシア・ヴィキャンデル、ライリー・キーオという二人の名女優と三角関係を結ぶことになるミステリアスな日本人カメラマン役を演じた。自身の演技や、ハリウッドの地での映画制作で学んだこと、そして今後の展望について話を聞いた。

「メソッド・アクティングはダンスとも通じるものがある」

ーー『アースクエイクバード』は「犯人は誰か?」を探る、英国ミステリーの伝統に則った作品であると同時に、主人公が異国である日本において自らのトラウマをどう乗り越えていくかを描く心理サスペンスの側面もあります。作品そのものが鑑賞者に問いを投げかけるような内容で、特に禎司の役どころがミステリーの核になっていると感じました。謎めいた禎司という人物を、小林さんはどのように捉えましたか。

小林直己(以下、小林):最初に脚本を読んだ時点で、禎司に共感する部分がありました。禎司を演じることは、役者としてのキャリアアップに繋がるということ以上に、自分の人生において大切なことを見つけるきっかけになるに違いないという、確信めいたものを感じたんです。ただ、自分が禎司のどこに共感しているのかは、最初はわかりませんでした。原作小説にはルーシーから見た禎司の姿しか描かれていないため、その行間は自分で埋めていく必要があります。そこで、実際にその思考回路を辿る作業をしました。具体的には、80年代のオリンパスカメラを手にして東京の街を撮影したり、それを自分で現像したり、彼の生まれ故郷である鹿児島の街を訪れたり。彼がそのカメラで何を捉えようとしていたのか、どれくらいのコントラストでどんな写真に仕上げたいのか、カメラマンとしての思考をなぞることで、だんだんと禎司の気持ちに寄り添っていきました。そうすると、彼は寡黙でミステリアスな人物に見えるけれど、彼なりの美意識や正義を芯に抱いて行動しているのだということが理解できてきます。そこで初めて、僕がなぜ禎司に共感したのかが見えてきました。

ーー実際に禎司として過ごしてみることで、彼の心情を理解していったと。いわゆるメソッド・アクティングの手法ですね。

小林:映画に出演したいという夢を抱いた4年前ほどから、英語とともにメソッド・アクティングを学んできました。自分の実際の経験や記憶や感覚を重ねて表現する手法で、過去の失敗やトラウマなど、思い出したくない過去とも向き合わなければいけないので、ハードな作業でしたが、結果として役者としても人間としても成長することができたのではないかと思います。メソッド・アクティングは、自分の身を切って表現するという意味で、15年間続けてきたダンスとも通じるものがあると考えていて、実際にダンスにおける鍛錬や経験をそのまま活かせる手法だと感じています。僕にとって芝居は、ダンスの延長線上にあるものです。

ーー今回の禎司の演技は、重層的で多面的な人間の心理が垣間見えるようでした。共演のアリシア・ヴィキャンデルさんも「彼の目の奥にはストーリーがある」と絶賛しています。

小林:とても嬉しいです。製作総指揮を務めたリドリー・スコットさんと先日、ロンドンで再会した際は、松田優作さんや高倉健さんといった方々についてお話された後に、「君には映画に必要な存在感があるから続けた方がいいよ」とのお言葉をいただきました。とても光栄ですし、先人たちの功績があってこそ自分も世界にチャレンジできたのだと実感できて、役者としてここからが本当のスタートだという気持ちになりました。

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「映画を鑑賞するということは、実は自分自身を振り返る行為」

ーー作品についても教えてください。『アースクエイクバード』はどんな作品だと考えていますか。

小林:ミステリースリラーであると同時に、人と人との関係性を描いた作品だとも考えています。自分が持っていないものを相手が持っていることで、愛情や嫉妬が生まれて、人が繋がっていく。その中で、自分とはどんな存在かを発見していくのが、この映画で描かれている物語で、そこに観る人が共感できるポイントがあると思います。すごく行間を読むことができる作品で、まるで教会のパイプオルガンによる通奏低音がずっと流れているような感じで、人の心の暗部が三人の関係性の奥に見え隠れしている。禎司を演じながら発見した感情もたくさんありました。

ーー地震の後に、アースクエイクバードの鳴き声が聞こえるという描写がありました。なんのメタファーだと考えていますか。

小林:僕は人生におけるある種の警告のようなものとして捉えました。人間が狂気に陥りそうになった時、最後に踏みとどまるアラームみたいなものなのか 。その正体を探ることは、自分の中で蓋をして仕舞い込んでいる過去や、失ってはいけないものを思い出す作業でもあったと思います。 禎司はカメラで街や人を撮ることで、自身の心の奥底にあるものを見つめる手段を得ていたけれど、同時に迷宮にも入り込んでいて、同じ音が聞こえたルーシーもまた、狂気の入り口に立っていたのかも。とても繊細で、隅々まで意味が込められた作品なので、ぜひ何度も鑑賞してほしいと思います。

ーーラストシーンは、偶然や無意識に対する罪の意識についての問いかけがあると感じました。小林さんはどう解釈しましたか。

小林:人間誰しも少なからず後悔を抱きながら生きていて、人生はそれを解消していくものであると思い、僕自身は生きていますが、 あらゆる出来事は多面体なので、罪の意識は自分自身が物事をどう捉えるかによって変わってくる。ルーシーは最後、彼女の一言で救われたのか否かは、鑑賞者が各々に想像するところでしょう。映画を鑑賞するということは、物語を追っているようで、実は自分自身を振り返る行為でもあるのだと思います。

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