シム・ウンギョンの魅力は“映画そのもの” 『サニー』から『ブルーアワーにぶっ飛ばす』までを振り返る
心優しい夫がいて、仕事をバリバリこなす30歳のかっこいいCMディレクター。それが夏帆演じるヒロイン・砂田だ。とはいえうまくいっていない。映画の序盤で描かれるのは、クライアント先にイライラと早口で毒を吐き、仕事ですり減らした感情と不倫相手への苛立ちを込めて「いぬのおまわりさん」を替え歌混じりに絶叫する酔っ払いという、我々の想像を遥かに超えた、荒みきったアラサー女性を演じる夏帆である。そんな荒らぶる夏帆とは違う場所で、彼女にシンクロするかのように踊り狂っている謎の女が、その後砂田と行動を共にし始める、彼女の秘密の友達、シム・ウンギョン演じる清浦だ。
『ブルーアワーにぶっとばす』は、悩み、葛藤し、ひた走る30代、砂田を全力で演じる夏帆を堪能する映画であると共に、影のようにぴったりと砂田に寄り添い、子供のように軽やかに映画の中を自由自在に駆け巡るシム・ウンギョンを堪能することができる映画だ。
ブルーアワー。「誰そ彼どき」とも言う、一日の終わりと始まりに一瞬だけ訪れて、空が青色に染まる静寂の時間。不思議な言動を繰り返す女の子の後ろ姿を追いかけるように始まるこの映画自体が、ブルーアワーそのものなのだろう。「立ち止まったら死んでしまうマグロ」のようにひたすら突っ走るしかない砂田の人生に、つかの間訪れた、自分自身に立ち返るための静寂の時間。そして、観客は「誰そ彼(あれは誰だ)」と問いかけ続けることになる。駆け抜け、笑う子供の存在に。そして、時に滑稽な効果音まで味方につけておどけて見せて、無邪気に叫び、喜び、怖がり、納豆を食べ、「ださいっすね」と愛くるしく笑う清浦に。
シム・ウンギョン自身が「『アラジン』のジーニー、『アナと雪の女王』のオラフみたい」と言及しているように(『ブルーアワーにぶっとばす』公式ホームページより)、どこか掴みどころのないファンタジーな存在でありながら、優秀な聞き役として、あるいは道化として主人公を導いていく清浦は、向き合っているようで向き合っていないように思われる変な構図の砂田と清浦の最初の場面からしてどこか違和を感じさせつつ、誰もが受け入れ、愛さずにはいられない、不思議で強烈な魅力がある。そしてそれは、映画『新聞記者』において日本映画界に衝撃と共に現われたシム・ウンギョン自身と重なるものがある。
数々の代表作を持ち、韓国映画やドラマで活躍するトップ女優である彼女が日本の映画や演劇に立て続けに出演することになったのは、安藤サクラや門脇麦らが所属する事務所「ユマニテ」と彼女が専属契約を交わしたためだ。
『新聞記者』における、どこまでも事実を追い求める記者役で見せたひたむきさと真摯さは心に強く残るものがあったし、映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』で演じた第一感染者役は、凄すぎて彼女を彼女として認識できないまま終わってしまうほどだったが、その後ノンストップで開幕するゾンビパニックの最初を飾るのに相応しい、これ以上ない迫力だった。