『いだてん』仲野太賀の「万歳」に込められた戦争の悲劇 目を背けてはいけない東京五輪までの歩み

『いだてん』前半と全く異なる“万歳”

 第二次世界大戦が勃発し、世界中が戦争当事者となる中、金栗四三(中村勘九郎)の弟子、小松勝(仲野太賀)はりく(杉咲花)と結婚する。2人の間には金治、すなわち後の五りん(神木隆之介)が生まれた。

 昭和16年12月、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発。しかしその頃には、人々に戦況が正確に伝えられることはなくなっていた。新聞社内で響き渡る「万歳」の声。政治は万歳三唱を無表情に見つめていた。そんな政治に緒方(リリー・フランキー)は「嘘でも喜べ」と耳打ちするが、その言葉は勝を戦地に送り出す四三たちの言動からも伝わってくる。

 辛作(三宅弘城)は「立派に戦ってこい」と勝を力づけるが、勝は笑顔を見せても言葉を返すことができない。四三もスヤ(綾瀬はるか)も勝に声をかけるが、声をかけるというより、声をかけなければ「行ってほしくない」という本心に飲み込まれてしまうことをわかっているかのようだった。勝が黙ったものも、りくと金治を置いて戦地に行きたくないという本心が溢れ出そうになったからなのではないだろうか。

 ただ、増野(柄本佑)だけは、気持ちを抑えることができなかった。怒りに任せて勝を蹴り倒した増野だったが、彼の怒りの根幹は勝を戦地に向かわせる国に対するものだった。けれど増野は、心を落ち着かせた後、四三らと同じように本心を飲み込んで「立派に戦ってくるんだぞ、お国のために」と声をかけた。ハリマヤに「万歳」の声が響き渡る。だが誰一人として、本心から彼を戦地に送りたいだなど思っていない。それでも彼らは送り出さなければならない。嘘でもいいから喜ばなければならない。心が痛むシーンだった。

 スポーツに励む若者のために建てられた明治神宮外苑競技場から、学生が戦地へと送り出される皮肉な現実。行進する勝がりくと金治に向ける目は忘れられない。覚悟を決めた目にも見えたが、覚悟を決めざるを得なかった目にも見える。勝は目を見開き「万歳」と絶叫する。仲野が見せた表情は、日本が引き返すことができないところまで来てしまったのだと感じさせる、壮絶な表情だった。

 放送終了後、Twitterには「#副島さん」「#増野さん」「#学徒出陣」がトレンドとして並んだ。それだけ視聴者の胸に、戦争が招いた悲劇が刺さったということだろう。学徒出陣のシーンでは、カラー化された当時の映像が映し出され、戦時中の生々しい雰囲気が現代にいる私たちへと伝わってきた。本作は、真正面から戦争の悲惨さを描いている。今後も辛い展開が待ち受けているだろうが、私たちは決して目を背けてはいけない。日本で初めてオリンピックに参加した男と日本にオリンピックを招致した男の間にある負の歴史は、避けて通ってはいけないものなのだから。

※塚本晋也の塚は正しくは旧字体

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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