『惡の華』原作ファンも納得の仕上がりに 脚本・岡田麿里×井口昇監督が生み出す、思春期の機微
こうした“やや広い範囲の閉塞感”がにじみ出る物語と、岡田脚本との相性が抜群なのは改めて言うまでもない。彼女の代表作である『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』然り、新作の『空の青さを知る人よ』も然り、山に囲まれた地方都市における青春群像というのは彼女の十八番中の十八番であり、山の向こう側への希望と過去への贖罪意識に駆られる主人公像というのもまた鉄板のシチュエーションである。しかもそこに複数ヒロインという設定と、エキセントリックに見えた正ヒロインの内に秘めた複雑な心理、純朴そうに見えた第2ヒロインの影の部分が強化されていくという点が加わったことで、まさに近年のアニメーション作品で繰り返し描かれてきた青春ストーリーの基本的な文脈を本作も踏襲していることが見て取れる。
そうしたアニメーション寄りの脚本に、過去の青春映画を連想させる数々のファクターを組み合わせた井口監督の演出が加わることで、この『惡の華』の比類なき破壊力は完成するといえよう。しかも、井口監督の原作に対する多大なるリスペクトが貫かれていることも強みのひとつだ。漫画がアニメーション化されることよりも(この『惡の華』の場合はロトスコープのアニメーションがトリッキーすぎて大騒ぎになったと記憶しているが)実写化されることのほうが原作ファンから拒否反応を示されやすいなかで、本作はSNSなどでも原作ファンから「原作をここまでのレベルで実写化した井口監督に感動した」「押見修造作品が好きな自分にとっては最高の一言だった」といった肯定的な声が目立っている。
しかもその“リスペクト”が、単に原作をなぞるだけではないという点も見逃せない。井口監督と原作者・押見修造の対談には「ブルマ姿の佐伯がハードルを飛ぶシーンを加えることで、ブルマの良さを伝えて春日がそれを盗む心理を明確化させた」という井口監督の言葉があり、思わずハッとさせられた。さらに仲村が佐伯とデート中の春日に水をかけるシーンを炭酸飲料に変えることでベトベトした気持ち悪さを演出するなど、原作のイメージをさらに高めるという、映像化することの意義がそこにきちんと存在しており、そこに映画的なフェティシズムにあふれた井口監督の演出が化学反応を起こす。監督と脚本家の采配によって、現在の日本映画界に必要不可欠な漫画とアニメ、実写の3者の関係性に新たな可能性を示す画期的な作品となったといえるだろう。
■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter
■公開情報
『惡の華』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
監督:井口昇
脚本:岡田麿里
原作:押見修造『惡の華』(講談社刊)
出演:伊藤健太郎、玉城ティナ、秋田汐梨、飯豊まりえ
製作:ハピネット、NTTぷらら、ファントム・フィルム、角川大映スタジオ
製作幹事:ハピネット
共同幹事:NTTぷらら
製作プロダクション:角川大映スタジオ
配給・宣伝:ファントム・フィルム
(c)押見修造/講談社(c)2019映画『惡の華』製作委員会
公式サイト:akunohana-movie.jp