三谷幸喜は意図しなかった!? 『記憶にございません!』寓話だからこそ生まれてしまう現実との比較

 三谷幸喜の最新映画『記憶にございません!』が好調だ。9月13日に公開されて以降、三週連続で興行収入ランキング一位を獲得している。

 本作の他にも、今年は『翔んで埼玉』、『マスカレード・ホテル』、『コンフィデンスマンJP』とフジテレビ関連の映画が立て続けにヒットしている。この三作に流れる娯楽映画のテイストは、90年代のフジテレビのドラマが作ってきたもので、その源流をたどるとやはり『王様のレストラン』や『古畑任三郎』といった三谷幸喜・脚本、石原隆・企画のドラマにたどり着く。その意味でも、フジテレビが今まで作ってきた娯楽映画の集大成が本作だと言えるだろう。

 物語は、記憶喪失の男が総理大臣の黒田啓介(中井貴一)だとわかるところからはじまる。記憶喪失の黒田は秘書とSPに囲まれながら、次々と公務に対応していく。主人公が記憶喪失であるため、観客は黒田の立場になって「もしも自分が同じ立場だったら?」と考えてしまう。つまり、総理の立場を擬似体験できるシミュレーションゲームのような作品だ。

 パンフレットに収録されたPRODUCTION NOTESによると、「ごくごく普通の人間が、突然総理大臣になったらどうなる? という話をいつかやってみたいなという思いが昔からありました」と三谷は着想のきっかけを語っている。日本の政治の世界で一般人が総理になることはあり得ない、ファンタジーじゃないと無理だと思っていたが、大統領のそっくりさんが本人と入れ替わる映画『デーヴ』を見て、記憶を失ったことにすればいいと気づいたという。

 コメディの中にあるサスペンス要素として記憶回復にまつわる話は終盤まで引っ張られるが、本作において記憶回復はあまり重要ではない。それより大事にされているのは、ダメな総理大臣でダメな父親であった黒田が自分の過去の振る舞いを反省し、人生をやり直そうとする姿勢である。

 黒田は、自分に愛想を尽かして秘書と不倫をしていた妻との関係を修復しようと腐心し、逮捕された息子とも話し合おうとする。このダメなお父さんの再生劇と政治の世界で理想を見失っていた総理としての黒田がもう一度、国民のために正しい政治をしようと奮起する姿が、同じものとして重ねられている。つまり、官邸を舞台にしたホームドラマだったことこそが、幅広い層に支持されている理由ではないかと思う。

関連記事