小栗旬というスターの顔が剥がされた? 「太宰治」という特異な役を成立させた“笑い”という武器

小栗旬が手にした“笑い”という武器

 全く余談だが、蜷川実花監督で藤原が主演した『Diner』(小栗旬も出演していて、『人間失格』を思わせるところもある)では手を差し伸べる絵画(横尾忠則)があって、『人間失格』にも手の絵が出てくるうえ、心中のときに相手と手をつなぎ合う、手が離れるなどの「手」がモチーフになっている。手を差し伸べられた男を藤原竜也が、のばした手の行き場のない男を小栗旬が演じている。その差が面白かった。


 それはともかく、藤原は『Dinner』よりもこっちのほうがノッて演じているように見える。セリフがいいからかもしれない。なんといっても孤高、無二の才能なのである。彼に対抗できる小栗旬の武器は、世間の中央値的なところにいることだ。どんな役でも、上過ぎず、下過ぎず、観客の日常の近いところに寄せる力をもっているから、いささか難しいかと思われる作品でもヒットさせてきた。今回も、文芸もの、R-15作品でありながら意外と観客を集めている。

 小栗が太宰を演じると、三島由紀夫(高良健吾)をはじめとして、文壇での力関係が、出世作『クローズZERO』(07年)に見えてきてしまう。「全部ぶっ壊して書く」と言い出す太宰に、『クローズZERO』で、「全部壊してゼロになれ」がキャッチコピーだったことを思い出してしまうのだ。

 『クローズZERO』文壇ver.をやってほしいとさえ思った。いや、そういうふうに置き換えてみたらこの時代の文学者たちのライバル関係が見やすくなる気がする。

「全部ぶっ壊して書く」

 小栗の師・蜷川幸雄が舞台『身毒丸』で装置の家が組み立てられたり解体されたりする演出で家族制度を描いたが、娘の実花は太宰治が妻と子供を閉じ込めていた家が小説を書くことで解体されていく様子を描いた。それまでは唯一夫の作品を褒めないことで応援してきた美知子が、それだけではもう足りず、自分たちを敢然に捨てることでしか書けないところまで太宰を追い詰める。それまでふたりを隔てるものは透けてみえる蚊帳だったのが、最後には格子戸になる。蚊帳の前でいつもの儀式(遅く帰ることを許してもらうお約束)を行う太宰の子供っぽさもほんとうに笑えた。

 カリスマ作家太宰治を、小栗旬は微笑ましさも含め、笑える人物とすることで大衆の目線と並べることに成功した。ここで小栗旬は「笑い」という武器も手に入れたように思う。


 私はこれまで、映画や舞台で福田雄一の演出する笑いをやる小栗旬が、ほかの俳優のように型にはまりきらないところが気にかかっていた。福田作品は彼の型にハマってしまったほうが小気味よく笑えると思うのだが、それが似合わない小栗旬は、「笑い」とはあまり相性が良くないのかなと気になっていたのだが、蜷川実花との出会いで喜劇性を俄然花開かせたことは驚きだった。無理してかっこつけて破滅を求めながら、自分からはとことんまで堕ちきれない。そんな弱い男が追い詰められてボロボロになっていくときのペーソス。その域へと肉薄した小栗旬。筋トレして映画でも舞台でも歯を食いしばって中心に立ち続けるスターとしてのイメージを一枚剥いで、一歩、前進させたのが蜷川実花だったとは。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■公開情報
『人間失格 太宰治と3人の女たち』
全国公開中
監督:蜷川実花
出演:小栗旬、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ、成田凌、千葉雄大、瀬戸康史、高良健吾、藤原竜也
脚本:早船歌江子 
音楽:三宅純
製作:『人間失格』製作委員会
企画:松竹
配給:松竹、アスミック・エース
(c)2019 『人間失格』製作委員会
公式サイト:http://ningenshikkaku-movie.com/
公式Twitter:@NSmovie2019

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アクター分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる