『ジョーカー』ホアキン・フェニックスに拍手喝采 過去最高の最狂ヴィランはどう生まれた?

 過去にフェニックスは、俳優業の引退を突如として発表し、ヒップホップアーティストへの転身を表明した。この発表は世間を騒がせたが、のちにこの言動がケイシー・アフレック監督のフェイクドキュメンタリー映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010)の演出であることが明るみとなり、全米を驚かせた。俳優の引退も、ヒップホップへの挑戦も、すべてウソだったわけだ。こうした壮大なドッキリを仕込むなど、ハリウッドきっての変人と呼ばれるフェニックスは、まさに掴みどころのない俳優だ。この判然としない役者性は、まさしくジョーカーの本質と似た部分を感じさせる。コミックスでのジョーカーも、世間をダマす手口には長けており、まさに捉えどころのないキャラクターなのである。こうした点からも、ある意味ジョーカー役にふさわしい俳優であることがうかがえるはずだ。

 本作でフェニックスが演じるアーサー・フレックという男は、スタンドアップコメディアンを目指しているが、不景気の影響もあってまともな職には就けない。ピエロの客引きとして細々と生計を立てている。魂の叫びのような悲哀のこもった笑い声は、精神障害によるものだ。母とふたり暮らしのアーサーは、次第に、社会の落伍者のような孤独感に苛まれる。アーサーに足りないものは、愛だった。

 愛を求めるアーサーの姿は、かつてフェニックスが演じた『グラディエーター』(2000)での暴君コンモドゥスを想起させる。ローマ皇帝である父からの充分な愛を受けられず、歪んだ人間に育った息子コンモドゥスは、父を殺害し、放漫な暴君として次の皇帝の座に就いた。最愛の姉ルシッラからの信頼も揺るぎ、コンモドゥスは民衆からも見捨てられていく。

 『グラディエーター』は、別の角度から捉えると、コンモドゥスが暴君となるまでを描いたアンチヒーローの誕生譚であり、孤独な男が悪のカリスマに変貌していく『ジョーカー』とは表裏一体の存在であろう。フェニックスが演じたコンモドゥスは、ジョーカーのキャラクター性の基盤として機能しているし、『ジョーカー』のあるシーンでは、そのことが顕著に表われているのだ。

 またフェニックスはメソッド演技の俳優で、役柄の人格、体形を徹底して掘り下げることで、そのキャラクターを深層心理で追及する。ジョーカーを演じるにあたりフェニックスは、52ポンド(約24キロ)減量し、心身ともにジョーカーを怪演している。過去にジョーカーを演じたヒース・レジャーも、メソッド演技を極めた俳優のひとりだ。そんなレジャーの演じたジョーカーは、映画史に燦然と輝く名悪役となった。次のジョーカーとなったホアキン・フェニックスは、ヒース・レジャーの影を感じるジョーカー俳優のブレイクスルーとなるのだろうか。

■Hayato Otsuki
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「映画board」など。得意分野はアクション、ファンタジー。

■公開情報
『ジョーカー』
全国公開中
監督・製作・共同脚本:トッド・フィリップス
共同脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
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