大河ドラマ、初の外部ディレクター演出が功を奏すか 『いだてん』異例の大抜擢、大根仁の手腕
大根は、『ケイゾク』(TBS系)等の作品で知られる映像作家・堤幸彦のもとでADとして様々な現場を経験した後、深夜ドラマを多数手掛ることで独自の作家性を築き、00年代には“深夜ドラマ番長”と呼ばれていた。
そんな大根が、堤幸彦の影響から脱し、映像作家としての力量を広く知らしめたのが後に映画化もされた大ヒットした深夜ドラマ『モテキ』(テレビ東京系)である。
様々なサブカルチャーの引用を用いたくすぐりが目立つ本作は、放送当時は小ネタ消費の側面から大きく注目されたが、同時にドキュメンタリー的なカメラワークによって俳優の身体を生々しく捉えることで、とても人間臭い青春ドラマを展開していた。この生々しさは、俳優をオブジェのように捉える堤が持つクールな距離感とは真逆の熱量の高いものである。
サブカルチャー系の小ネタによるくすぐりと、身体を感じさせる人間ドラマ。この二本柱こそが大根作品の特徴で、『モテキ』以降は人間ドラマをストレートに描く豪腕が強まっていく。少年ジャンプで連載する漫画家たちの青春を描いた『バクマン。』や、ゴシップ誌専門の中年パパラッチを主人公にした福山雅治主演の『SCOOP!』はその筆頭で、本数を重ねるごとにストレートで力強い人間ドラマを撮る監督へと変わっていった。今や日本を代表する映画監督と言っても過言ではない。
無論『いだてん』でも、その力強さは健在だ。複数の演出家が参加する『いだてん』だが、それぞれのカラーが明確に出ているのが、走る、泳ぐといったスポーツ選手の身体を見せる場面だ。中でも大根が演出した回は身体の躍動感がライブドキュメンタリー的に表現されているのだが、そこに映し出されるのは、物理的なリアルというよりは、もっと心理レベルのリアルだ。
「明日なき暴走」には絹枝が走る姿が何度も登場する。スローモーションを駆使したイメージショット的な疾走場面は、背景が合成であるため、ともすれば人工的な印象が勝ってしまい、リアリティが削がれかねないのだが、バックの映像を変えることで孤独と不安を抱える絹江の心象風景を可視化しており、フィクションでしかできない演劇的な疾走場面となっていた。
思い出すのが『バクマン。』で漫画家達が読者人気を競う場面を、ペンを剣に見立てた対決として描いたCG合成のイメージショット。他にも執筆中に漫画原稿がプロダクションマッピングで浮き上がっていくシーンもあり、どちらも心理レベルで起きていることをライブ映像にしたものだった。
最先端の映像を使って肉体の脈動感と、向こう側で起きている心情を可視化する手腕は実に見事で、これこそ大根演出の真骨頂だと言えよう。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/