『なつぞら』北海道編のモチーフが東京編で反復 朝ドラで「労働争議」はどこまで描かれるのか

『なつぞら』東京編は北海道編のモチーフを反復?

 このように、劇中には演劇とアニメを題材にしたモチーフが多数登場するが、それが物語と深く絡んでいるのも本作の見どころだ。文化祭の演劇では『白蛇伝説』、アニメでは『白蛇姫』という作品が登場する。どちらも人間に化けた白蛇の悲恋が描かれている。

 なつが『白蛇姫』の白娘の悲恋に感情移入する姿が強く描かれたが、好きな人と生きられない白蛇の悲劇に、男のように働きたいけどそれが認められない東洋動画の就労環境に重ねられているように見える。

 白娘の声を当てるのが『人形の家』で主人公を演じた蘭子だったことが、それをより際立たせる。ヘンリック・イプセンによって1879年に書かれた戯曲『人形の家』は、自分を人間扱いしない弁護士の夫に愛想をつかした妻・ノラが最後に家を出ていくという物語で、婦人解放運動の旗印となった作品としても知られている。

 第66話でなつが、結婚して母親になったら仕事を辞めるのが当然という社長の態度に憤っている場面を見ると、今後はなつを含めた働く女性の困難に焦点が当たるのだと思うのだが、おそらく本作が最終的に描きたいのは、女性も含めた労働者の権利と自立のための闘争ではないかと思う。

 史実を踏まえた時に今後重要になってくるのは、手塚治虫が61年に虫プロを設立して63年に国産テレビアニメ『鉄腕アトム』の制作に乗り出すことと、東映動画で起きた労働争議だろう。

 宮崎、高畑はもちろん、なつのモデルとなっているであろう奥山も深く関わっていた労働組合による低賃金での長時間労働に対する待遇改善を求める運動は泥沼化し、1974年まで続いた。赤字続きの東映動画は強硬なリストラを行い会社を合理化、宮崎、高畑、奥山、小田部羊一ら有能なクリエイターたちが会社を去ることになる。

 背景には様々な問題があったが、大きな要因は手塚治虫がテレビアニメ制作をスタートしたことで、膨大な数のアニメをアニメスタジオが量産せざるをえなくなくなったことが挙げられる。本数が激増する中、長時間の低賃金労働を強いられるというアニメ制作現場における悪循環はこの時期に生まれてしまったのだが、本作はおそらく、この時代を振り返ることで現代における労働の在り方を見つめ直そうとしているのではないかと思う。

 その前哨戦は乳業メーカーに対抗するために酪農家が農協で団結するという話で描かれていた。ここまでの東洋動画の社長の描き方をみていると、労働争議を描くのは間違いないと思うのだが、果たして、どこまで朝ドラで描けるのか?

 おそらく、1968年に作られた高畑勲監督のアニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』が象徴的な作品として描かれるのだろう。資本家に搾取される労働者の共闘を、この時代にどう描くのか? 注意深く見守りたい。

※記事初出時、一部に記述の誤りがありました。訂正してお詫びいたします。(2019年6月19日10時)

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
連続テレビ小説『なつぞら』
4月1日(月)〜全156回
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、松嶋菜々子、藤木直人/岡田将生、吉沢亮/安田顕、音尾琢真/小林綾子、高畑淳子、草刈正雄ほか
制作統括:磯智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中正、渡辺哲也ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

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