作家・松井玲奈が紡ぎ出す色鮮やかな世界 美しくグロテスクな『カモフラージュ』を読む

 たちまちグロテスクに変化するイチゴジャム、洗い流されるオムライスの恋。幸せの明太子スパゲティ。桃にかぶりつく女と桃を丁寧に剥く女、それぞれのエロス。男たちが食べる摩訶不思議な闇鍋。目の前を行く少女の足元の絆創膏という小さな発見から始まる、ほろ苦い記憶の中の餃子の味。ここにはいろんな味がある。一つの料理は、一つの物語の中でいくつもの形態に変化することで、登場人物たちの琴線に触れ、いくつもの感情を生み出す。

 例えば、『完熟』という物語において、「桃」という物体を著者はあらゆる角度から緻密に分析し、描き出す。まずは遠くから、次は至近距離、最終的には超クローズアップで、桃を切る瞬間の、「繊維の一本がブチッと切れ、種に包丁が当たる」様まで丹念に、詳細に描き出してしまうのだ。

 そうやって丁寧に光を当てられた、ありふれた日常の見たこともない姿は、時に読者をアッと言わせ、時に、かつてどこかで味わったような気がする、苦かったりとろけたりする「味」に纏わる記憶の扉を開くのである。

 女優・松井玲奈に加え、作家・松井玲奈の次回作が楽しみでならない。そして、松井自身が女優として出演もしていた『21世紀の女の子』のような短篇映画を彼女自身が作ったら一体どうなるんだろうと、そんな期待もしてしまうのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

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