『イップ・マン外伝 マスターZ』アクションが果たす重要な役割とは? カンフー映画の真骨頂に

 公開中の映画『イップ・マン外伝 マスターZ』(以下『マスターZ』)は、ブルース・リーの唯一の師であるイップ・マン(葉問)を主人公とした、ドニー・イェン主演『イップ・マン』シリーズのスピンオフだ。『イップ・マン 継承』でイップ・マンとの死闘の末に敗れ去った詠春拳の達人=チョン・ティンチ(張天志)が再起し、ヒーローとして覚醒するまでを描くカンフー映画である。主演のマックス・チャンは、『ドラゴン×マッハ!』(原題:SPL2)でウー・ジン(『戦狼』シリーズ)とトニー・ジャー(『トリプルX:再起動』『マッハ!』)の二人を一度に相手し、かつ圧倒した当代随一のアクションスター。『イップ・マン 継承』でも“宇宙最強”俳優イェンと渡り合い、美しくも力強い詠春拳を披露した姿が記憶に新しい。メガホンをとったユエン・ウーピンも多数の香港映画や『マトリックス』シリーズなどでアクション監督をつとめ、監督としても、ジャッキー・チェン主演の『ドランクモンキー 酔拳』からNetflixオリジナル映画『ソード・オブ・デスティニー』まで、約50年にわたり最前線に立ち続けてきた生ける伝説である。この二人が組めば、「凄いアクション」が出来上がることは想像に難くない。

 しかし、『マスターZ』の魅力を「凄いアクション」で片付けるのは惜しい。本作が優れているのは、アクロバティックなスタントや、観たこともない格闘技の動きといった“アクション描写”だけではない、表現の限界に挑戦している点にあるからだ。というわけで、本記事では『マスターZ』の象徴的な場面に触れつつ、映画全体でアクションがいかに重要な役割を果たしているか訴えていく。文章の性質上、多少ネタバレしている点はご容赦いただきたい。

アクションでキャラクターを表現すること


 アクションが映画の中で表現できるものの一つが、人物のキャラクターである。おおざっぱな例を挙げれば、ストリートで育った荒くれものは喧嘩スタイルで、狡猾な頭脳派は技巧に頼って戦うといった具合に、動きの属性でどんな人間性を描くことができるのである。これについては、『HiGH&LOW』シリーズのアクション監督・大内貴仁氏が以前、弊サイトのインタビューで答えているとおり。『マスターZ』の主人公・ティンチは、同流派のイップ・マンに敗れて詠春拳を封印したが、一方で武術以外に生きる道を知らず、息子との生活のために金を貰って夜な夜な悪人を痛めつける日々を送っている人物である。であるから、映画の序盤では攻撃を受け流しながら反撃するトラッピングや、チェーンパンチ(連続突き)、寸勁といった詠春拳らしい技術を使用せず、代わりに様々な中国拳法をミックスした我流の武術で戦う。冒頭とフラッシュバック映像の数分間だけで、こういった複雑なキャラクターを紹介しきってしまうのが本作の凄まじいところ。セリフ中心の芝居で表現しようとすれば、数倍の尺を使うことになるだろう。

 ミシェール・ヨー演じる黒社会の元締め・クワンの描き方も同様。彼女は、ナイトクラブでボーイとして働き始めたティンチの実力を測るために登場。酒をわざとこぼそうとするクワンと、そうはさせじとするティンチの間を目まぐるしくグラスが行き来する“押し付け合いバトル”が勃発する。クワンがティンチに匹敵する達人であることが明らかになる一幕だが、同時に彼女が黒社会の人間でありながら理性的な人物であることを示す場面だ。その後のあるアクションシーンでは、クワンが刀を中心とした武器術の使い手であることも判明し、闇の世界で生きてきた彼女の“冷酷さ”が強調される。人物の二面性を見せるために、二つのアクションが緻密に設計されているのである。

 また、ジャー演じる謎の殺し屋も特徴的。常に“ムエタイ使い”を演じてきたジャーは、本作では中国武術をミックスした動きを見せたうえ、全身黒ずくめのビジュアルの“ミステリアスな人物”として登場する。友情出演枠のため登場時間の短いジャーのキャラクターを印象づけるには、うってつけの演出だ。香港で活躍していた時期もあり、本来は様々な動きに対応できるジャーのスキルを、ウーピン監督は上手く引き出しているのである。こうした手法で、本作では主要な登場人物すべてのアクションに極めて細かなコンセプトを設けている。

関連記事