『熱帯樹』舞台レポート
林遣都が三島由紀夫作品で表現した、未成熟な青年の姿 舞台『熱帯樹』に映された家族の肖像
そんな林が演じる勇を取り囲む家族のひとりが、妹・郁子を演じる岡本玲だ。舞台経験が豊富な彼女は、芸人の石田明や、鴻上尚史といった、さまざまなタイプの演出家とコラボを重ね、表現力に磨きをかけ続けている。今作では、病床に伏す役どころということで、そのほとんどはベッドの上。極限まで動きを制限された状況で、受動的な役の林よりも場をリードし、生への諦念と渇望とを謳い上げた。
毒親とも思える母を演じるのは中嶋朋子。演劇界の重鎮たちと立ち上げる古典劇から、若手演出家とのクリエーションまで、年間あたり相当な本数の舞台に立ち、彼女はその存在感を示し続けている。今作でもその魅力を遺憾なく発揮。タイトルの『熱帯樹』とは、あらゆる家族に見られるであろう愛憎を指し示すものだが、ねっとりと湿り気を感じさせる艷やかな声で、“熱帯樹”が育つに相応しい環境の醸成を担った。
そして父・恵三郎をいかめしく演じるのが鶴見辰吾だ。その足取りは重々しくステージに落ち着き、唸るような声は「家族」という小さな共同体を歪ませ、“熱帯樹”でがんじがらめにした。また林とは、掴み合って揉み合いになる立ち回りも素晴らしく、そこに生まれるぴんと張り詰めた緊張感には、劇場内の誰もが思わず息を飲んだことだろう。
さらにこの一家の物語には、栗田桃子が演じる信子という存在がある。この家族の一番近くにあって、また同時に部外者でもある、「(父にとっての)従妹」というポジションだ。彼女は私たち観客と同じく、この家族の外側の存在であり、冷ややかなまなざしで、ものごとの動向を見守っていた。
誰ひとりとして、成熟した人間の存在はそこにはない。その集まりが「家族」であり、決して誰かひとりが絶対正義ではないし、絶対悪でもない。静寂が満たす劇場内での、彼らのかまびすしい声は、やがて狂騒へと変わっていくのだが、5人の演者の声が奏でる三島の世界の流麗な言葉の放流は、やがて、美しい音色としても劇場内に響き渡った。
やっかいで、愛おしい、歪んだ家族の肖像。約160分間にわたって描かれたそれは、現代でも色褪せることはなく、むしろ完全に地続きなもののように思える。割れんばかりのスタンディングオベーションと、それに呼応するように4度にわたって繰り返されるカーテンコールが、この時間の濃密さを物語っていた。
■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。Twitter
■舞台情報
『熱帯樹』
2019年2月17日(日)~3月8日(金)
作:三島由紀夫
演出:小川絵梨子
出演:林遣都 岡本玲 栗田桃子 鶴見辰吾 中嶋朋子
会場:シアタートラム
主催:公益財団法人せたがや文化財団
企画制作:世田谷パブリックシアター
後援:世田谷区
公式サイト:https://setagaya-pt.jp/performances/20190203nettaijyu.html
・兵庫公演
3月12日(火)・13日(水)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
お問い合わせ:兵庫県立芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
10:00~17:00 月曜休み。祝日の場合は翌日
・愛知公演
3月16日(土)・17日(日)
会場:東海市芸術劇場 大ホール
お問い合わせ:メ~テレ事業 052-331-9966
祝日を除く月~金10:00~18:00
撮影クレジット:細野晋司