ヒロ・ムライ×ドナルド・グローヴァー、“アメリカの部外者”たちの直感的・本能的作風を解説

 アイデアとサウンドを重視してMVを製作するムライは、ミュージシャンからのアイデアを受け入れることはほぼないらしいが、「つねに方向性をともにする存在」と語るグローヴァーは別のようで、2013年の短編映画『Clapping for the Wrong Reasons』以来、様々な映像を共作している。

Clapping for the Wrong Reasons [director’s cut]

「俺とヒロは、共通の問題を抱えてたんだ。孤独心を、部外者でいる感覚を」ーードナルド・グローヴァー/GQ

 黒人たちの日常を、ゆるく、時にホラーに描くドラマ『アトランタ』は、原案者グローヴァーと監督のムライが共振して生まれた作品だ。グローヴァーは「アメリカで黒人であることの奇妙さと不条理」をドラマにしたがっていた。彼からオファーを受けたムライもまた、自分自身の文化を持たない「アメリカの部外者」感覚を抱き続けた日系の第一移民だ。共振した2人は製作に乗り出る。そこで最初に決めたことは『アトランタ』を重要な番組にしないことだったという。客観的に人種差別を描いて教えを説くのではなく、奇妙な立ち位置にいるフィーリングを視聴者に伝える、主観的かつ経験的な作品。これが、有色人種のみのチームで作られる『アトランタ』のテーマだった。

 感覚の伝達に特化する『アトランタ』の試みは、ムライがディレクティングした画面にも表れている。顕著な例は、キャラクターの主観と共に動くカメラだろう。ただし、それだけで終わらない点もショーの特徴だ。人間の感情と共にあった作品の視点は、段々うしろに引いていき、それまで映してきたものが環境の中でどれほど小さいか提示する。黒澤明に触発されたという幾何学的なこの手法によって、視聴者の脳裏には登場人物のミクロなやりとりや感情がこびりつき、独特な余韻や答えなき疑問が残されていくのである。感覚重視の実験的スタイルが高く評価された『アトランタ』は「伝統的ドラマで排除されてきたコミュニケーションの小さなニュアンスを伝える、非プロット主導式作品」と評価され、ゴールデングローブ作品賞獲得に至った。社会の部外者だと感じ続けてきたアフリカ系アメリカ人と日系移民が「重要なショーにしない」と誓った番組が、結果的にTV表現の境界を推し進めたのである。

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