BOMI「えいがのじかん」第9回
BOMIの『望郷』評:家族にトラウマを抱えた人、また地方出身者にとって確実に響く映画
2つ目の話「光の航路」では、転任のため9年ぶりに本土から故郷に戻った、大東俊介さん演じる航と、緒形直人さん演じるその父・正一郎との関係が描かれています。航は子供の頃、教師である父親と、島民がほぼ全員参加するという進水式に一緒に行こうと約束をするのですが、当日になって父親が行けなくなったと言い出します。仕方なく母親と進水式に行く航でしたが、そこで父親が別の子供と一緒にいるのを目撃し、それが親子の確執を生んでしまいます。その後、父親は病気で亡くなり、大人になって故郷に戻った航は、父の元教え子と名乗る男性と出会い、父の知られざる教師としての姿を知りことになります。
私は最初の「夢の国」よりも、こちらの「光の航路」の方がより感動しました。ここでは同級生からひどいいじめを受けている少年が登場するのですが、この少年役の男の子が本当に素晴らしい役者さんで。『きみはいい子』や『ちはやふる』にも出ていた加部亜門さんという方ですね。これから要注目の役者さんだと思います。今でも彼の演技が脳裏に焼き付いています。とにかくお芝居が上手い。それも技術としての上手さではなく、すごく表現が難しいんですが、その子自身にしかみえないんです。
いじめられている彼が、緒方さん演じる先生とコインランドリーに行って、そこで「死にたい」と言うシーンが映画の中にあって。しかも何回も言おうとするけどなかなか声にならずに言えなくて、ようやく3回目ぐらいで小さな声で呟くんです。このシーンは本当に日本映画史に残る名シーンになるのではないかというぐらい、私の中で記憶に残りました。
進水式のシーンでは、「どの船も最初に名前を付けられて、みんなに祝福されながらこうやって海に出ていく」というようなセリフがあるのですが、まさにこのシーンに繋がる言葉なんですよね。映画の中では明言せずに、押し付けがましくない感じでやんわりと背中を押してくれるような感じがあって。泣かせにいこうというような作為もまったくなくて、きちんと届いてくるんです。それでいてじとっとはしていなくて、いい意味でカラッとしている。ただただ純粋にいい作品を作ろうとした結果によって、こんな素晴らしい作品になったのかなって。私はここ数年の間に観た日本映画の中で、『望郷』は最も響いた作品かもしれません。
監督を務めた菊地健雄さんは、画の作り方などももちろんそうですが、ものすごく役者さんの演出にこだわる方なのかなと思いました。しっかりと役者さんと向き合うことで信頼関係を築いて、作品に繋げているのではないかなと。これまで手がけてこられた『ディアーディアー』や『ハローグッバイ』とはまた全然違う、菊池さんの新たな一面が見れた本当に素晴らしい作品でした。
(取材・構成=宮川翔)
■BOMI(ボーミ)
シンガー。2012年6月に日本コロムビアよりミニアルバム『キーゼルバッファ』でメジャーデビュー。2015年にセカンド・アルバム『BORN IN THE U.S.A.』を発表。そして昨年12月にはTOKYO RECORDINGSプロデュースによる最新アルバム『A_B』をリリースした。モデルや女優としても活躍中。公式サイト/Twitter/Facebook
■公開情報
『望郷』
新宿武蔵野館ほか全国公開中
監督:菊地健雄
脚本:杉原憲明
原作:湊かなえ「夢の国」「光の航路」(「望郷」文春文庫 所収)
出演:貫地谷しほり、大東駿介、木村多江、緒形直人ほか
制作・配給:エイベックス・デジタル
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公式サイト:bokyo.jp