『東京ヴァンパイアホテル』は園子温の原点? 映画でもテレビドラマでもない稀有な1本

『東京ヴァンパイアホテル』は園子温の原点?

 ことほどさように、園子温にとって、自主映画時代と商業映画時代の線引きは、近年ますます曖昧化している。例えば、『新宿スワンⅡ』を、園子温の個性がまるで見当たらない作品と思い込んで観ると、なるほど、脚本にも関与していないし、そう見えてくる。ところが浅野忠信が演じた敵対する組織のボスの事務所で壁面いっぱいに引き伸ばして飾られる特徴的な写真を撮ったのが、『桂子ですけど』のヒロインの手によるものだったり、アマチュア時代から何度となく舞台にしてきた故郷の豊橋でロケが行われ、細部に園子温のアイデアが盛り込まれていたりすることを確認していくと、個人映画的要素が、意外なほど細部に散りばめられていることに気づく。

 『東京ヴァンパイアホテル』の冒頭で提示されるマナミの〈誕生日〉〈時間〉という設定からして、あと3週間で誕生日を迎えるヒロインを描いた『桂子ですけど』を思い出させるが、マナミを演じた冨手麻妙は、『俺は園子温だ!』(84年)でキャメラに正対した園子温がバリカンで坊主頭になったのと同じく、鏡に向かって刃を髪に入れて丸坊主となる。実際に彼女は髪を切り落としているのだから驚くが、怯むことなく獣人の様な変貌を遂げていく。この冨手をはじめとする若手俳優たちの度を過ぎた熱演ぶりは、美術セットと共に本作の最も大きな見どころとなる。連続してつきあう俳優には前回とは全く異なる配役にするという園子温のテーゼの通り、夏帆は刀剣を手に『みんな!エスパーだよ!』(13年)の記憶を吹き飛ばすアクション女優へと転身し、『ちゃんと伝える』(09年)で助監督だった過去を持つ満島真之介は念願の出演を果たしているだけに、嬉々として謎の多き男を気品あふれる姿で怪演してみせる。

 はっきり言って、坊主頭で遂には飛翔までする冨手にしろ、血にまみれながら次々と斬りつけていく夏帆にしろ、人間たちをホテルに監禁して世界の終わりを見せつける満島にしろ、これまで演じた役からは、あまりにもかけ離れた突飛すぎる役ばかりである。こんなアホらしい役……などと一瞬でも思おうものなら、それが瞬時に画面から敏感に伝わってきたに違いないが、三者とも、激走する園子温から振り落とされないように食らいつき、這い上がっていく。そして、ホテルと下半身が接続された女帝役という、とんでもない役を与えられた安達祐実が意外なまでに好演していることも付け加えておこう。これは今後の園作品に新たな隠し玉誕生の予感がする。

 本作は連続ドラマ形式ではあるものの、最初こそ緻密な設定と構成が見られるが、後半に行くに従って崩れていくだけに、園子温と俳優たちの熱量に支えられて成立していると言っても過言ではない。なにせ、7話目で園子温がやりたい話を描ききって一応の完結を見るも、まだ3話分が残っているので他の監督にエピローグを任せてしまう。しかも、作品の性格も様変わりするのだから、地上波の連続ドラマを見慣れた視聴者からすれば論外という声も出るだろう。そもそも撮影開始の段階で脚本が完成しておらず、撮りながら脚本が変更され、出演者もどう展開していくのか分からないままいたという。また、Amazonでの配信なのでCMが入らないこともあり、園子温は映画を撮るペースで走り始めてしまい、いくら撮っても終わらなかったというエピソード自体が、常識外だろう。だが、その結果が映画で見られるような全力疾走型の園子温作品が連続ドラマ形式で生まれたのである。まあ、決して誰にでも薦めようという気はないが(Amazonのカスタマーレビューの極端な賛否を見ても明らかだろう)、配信形式のオリジナル企画で、ここまで自身の世界観のもとで極彩色のヴァンパイア・アクションを好き放題に作り出したという点においては、映画でもテレビドラマでもない場だからこそ実現した稀有な1本となるはずである。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。初の単著『映画評論・入門! 観る、読む、書く』(洋泉社)が発売中。

■作品情報
『東京ヴァンパイアホテル』
Amazonプライム・ビデオにて独占配信中
総監督:園子温
出演:夏帆、満島真之介、冨手麻妙、神楽坂恵、安達祐実ほか
企画・制作:日活株式会社
(C)2017NIKKATSU

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