『昼顔』『オカムス』『緊急取調室』……脚本家・井上由美子が描き続ける女の情念 

脚本家・井上由美子が描き続けるもの

 映画『昼顔』は、女の映画だ。時にずるく強情で、それでいて儚く純粋な、恋に生きる上戸彩の美しさを堪能するための映画だ。そして、同じく恋で壊れそうな自分を見せないように、時に平静を装い、時に激昂する伊藤歩に息を呑むための映画でもある。それはこの上なく美しい。その美しさは、映像の美しさはもちろんのこと、揺らぐ女の感情を繊細な台詞でとことんまで描いた井上由美子の脚本にあったのではないかと思う。

 詳細を明かすことはできないが、上戸が演じるヒロイン・紗和の最後の台詞は、まさに愛する男を包み込む、女性の究極の強さを示していると感じた。

 映画『昼顔』は、2014年夏に放送されたドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』の続編であり、それぞれ夫、妻のある身で恋に落ちてしまう紗和と北野(斎藤工)がドラマ最終回で引き離された後、再会してからが描かれる。映画は、互いに求め合わずにはいられなかった紗和と北野の2人の蜜月と葛藤、伊藤歩演じる北野の妻の怒りと悲しみが丹念に描かれていると共に、紗和が勤める海辺の飲食店のオーナーを演じる平山浩行や、その飲食店で働く女性を演じる黒沢あすかが、紗和と北野の恋愛劇を通してそれぞれの過去を呼び覚まされる、味のあるキャラクターを演じている。

 脚本は、ドラマ版の脚本も手がけた井上由美子である。これまで2003年の木村拓哉主演『GOOD LUCK!!』、唐沢寿明主演『白い巨塔』、2006年の志田未来主演『14才の母』といった数々の話題作を創りだしてきた。ここ半年を遡ってみても『営業部長 吉良奈津子』(フジテレビ)、『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK)、『緊急取調室Second Season』(テレビ朝日)と、それぞれに良作だった。

 井上が脚本を手がけた作品を見ていていつも思うのは、女の情念だ。それは、『営業部長 吉良奈津子』、『緊急取調室』といった、松嶋菜々子、天海祐希演じるかっこよく強い女性リーダーを中心においたお仕事ドラマ・刑事ドラマであったとしても変わらない。自分のこれまでの価値観、生きてきた人生の全てが、自分にはないものをもった女性の登場によって揺らぎ、奪われるかもしれない、否定されるかもしれないという危機に突き当たった人物の暴走が、主人公たちの日常にじわじわと侵食し、やがて破壊的な力で襲いかかってくる様にいつも釘付けになる。彼女たちの人生を賭けた本気の暴走は、主人公たちだけではなく視聴者または観客の感情をも揺るがしてくるのだ。

 それは、『昼顔』における伊藤歩が演じた、上戸彩に迫る北野の妻・乃里子であり、『営業部長 吉良奈津子』において同じく伊藤歩が演じた松嶋菜々子の夫を誘惑するベビーシッター・深雪、『お母さん、娘をやめていいですか?』で斉藤由貴が演じた、波瑠に執着する過干渉の母親・顕子が該当する。また、『緊急取調室』における犯人たちもそうだろう。若い配達員への恋心が、拒まれたことで殺意へと変わった三田佳子演じる老女しかり、死んだ母親がつけた「愛」という名前を否定されたことが許せなかった、矢田亜希子演じる女教師しかり。

 この「名前」にまつわる葛藤は、映画『昼顔』でも重要な役割を担っている。いつまでも初めて会った時と変わらず「好きって言ってくれたらやめる」と頑なに「北野先生」と呼び続ける紗和と、「裕一郎」と呼ぶ北野の妻・乃里子。この愛する人の呼び方へのこだわりは、愛情表現のひとつであり、思い出であり、執着でもある。親密な人しか呼べない「裕一郎」という呼称は、乃里子にとって、確かにあった彼の愛の証でもあるのだ。一見平静を装った彼女たちの名前への執着がぶつかる時、物語は思っても見ない方向に走り出す。

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