杉野希妃監督が生み出した、新たな“雪女”像「白黒つけられないことを映画で表現したい」
監督第1作の『マンガ肉と僕』では、他者を決して寄せつけない、いまで当てはめるなら、増加傾向にあるというひきこもり女性の歪んだ感情を、監督第2作『欲動』では、女性のどうにも抑えることができない性の欲求を、こちらが目を背けてしまいたくなるぐらい残酷にリアルに描き切っている。これだけ女性の中にふつふつと湧く感情をへんにきれいに整えることなく、ありのまま提示している女性の映画作家は、いまほかにあまり見当たらない。彼女の作品のヒロインが体現してみせる女性の本音やふだんは隠しているけど実は誰もが内心にもっているどす黒い感情は嘘がない。この点に関しては彼女と同年代の30年代および少し上の40代の女性こそ感じるところが多いのではないだろうか。
監督自身も「女性は男性とは精神構造も社会での役割も違う。ですから、女性と男性の対立図で語ることに、あまり興味が見いだせない。むしろ、自分も女性ですけど、女性ってなんだんだろうという興味がある。私自身が自分のことがよくわからない。それを映画で探求しているところがある。もちろん監督としていろいろな人に見てもらいたいのが本音。でも、私という人間が作っているものなので、特に同性の同年代の人に見ていただいて、いろいろと感想を寄せてもらえたらという気持ちは強いです」と打ち明ける。
ただ、この露わになる女性の感情に関して言えば、過去2作に対し、まったく違った表現になっている。過去2作が、“動”だとしたら、今回は“静”。過去作が、その身体や体をもって感情を爆発させていたのに対し、今回は心の内に秘めて爆発しそうな感情を押し殺す形にしている。しかし、これがむしろユキに雪女としての神秘性と魔性を宿らせることに至っている。もう一方で、目は口ほどにモノを言うではないが、そのときユキの抱いた怒りや悲しみがその無言の表情や瞳の奥から、こちらへひしひしと伝わってくる。静謐ながらもどこか作品全体が妙な艶めかしさと熱を帯びている要因はここにあるといっていい。
監督は「入院中、なんで私に落ち度はなにもないのに、こんな理不尽目に遭わないといけないんだという憤りが大きかった。もしかしたら、そういった感情が知らず知らずのうちにユキに封じ込めていたのかもしれません」と振り返る。
最後に触れておかなければならないことがある。それは、この『雪女』は、杉野希妃というインディペンデント映画界を拠点に活動する作家のインディペンデント・スピリッツが詰まった作品であることにほかならない。
もう久しく言われるように、いまの日本映画は説明過多。一語一句、過剰なぐらい過不足なく物語の説明がなされる。しかもそこで語られることはもはや絵空事。今の社会や時代に何か問題提起するような題材を扱った映画はほとんど見かけない。特にその傾向は大手メジャー作品で顕著だが、いまやそれはインディペンデント系作品にも飛び火している。まず企画ありき、その作家の思いのたけをぶつけたような野心のある作品がどんどん少なくなっている。インディペンデントだからできる果敢な表現や題材にも挑まない。その事実を一概に悪いとはいわない。ただ、もっと余白を作り、こちらの想像を掻き立て、あれこれと思いをめぐらすような“考える映画”があっていい。批難を浴びることを覚悟して賛否ある題材に果敢に挑む姿勢があっていい。でないと、世界に拮抗する映画にはならない。
そういう意味で、『雪女』は、こちらの想像が試される余白がある。古典を現代の物語につなげたチャレンジがある。杉野希妃という映像作家の今の時代への問いかけが隠されている。このようにインディペンデントだからできることにきちんと向き合った作品であることは間違いない。
今回の撮影地で自身の出身地でもある広島での公開を迎えたいま、「地元で映画が撮ることができて、こうして無事公開を迎えることできるのは素直にうれしい」と語る杉野監督。そうした無邪気に喜びの表情を見せながらも、一方で「いま巷に溢れるようなキラキラした青春映画やラブ・ストーリーに興味はない。というかそういったタイプの映画はたぶん私には撮れない(苦笑)。メジャーであることがひとつの安全圏でなによりも分かりやすさが求められる時代なのかもしれないけど、そこには抗いたい。少数かもしれないけど、嘘や偽りのない人間の声や感情を丁寧に拾っていきたい。誰もが納得できることよりも、むしろよくわからない、白黒つけられないことを映画で表現していきたい」と強い信念を口にする。「10年ぐらいずっと走り続けてきて、我れながら、すごいスピードで映画を作ってきました。ただ、『雪女』を終えたとき、ひと区切りというか。ここでちょっとひと息ついて。今は、ここから新たな道を模索したいなと。ここからまた新たな挑戦がスタートする気がしています」と語るその先に、彼女は世界を見据えている。すでに『ユキとの写真(仮)』『海の底からモナムール』と海外作品への出演を果たし、その公開が控えている。世界を舞台にした活動はこれからも続いていくに違いない。彼女のような視野をもった映画人がもっと日本から現れることを切に望む。
誰の道でもない自らの道を切り開こうとしている映画人、杉野希妃が描く新たな『雪女』に出会ってほしい。
(文=水上賢治)
■作品情報
『雪女』
全国公開中
監督:杉野希妃
出演:杉野希妃 青木崇高 山口まゆ 佐野史郎 水野久美 宮崎美子 山本剛史 松岡広大 梅野渚
©Snow Woman Film Partners
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