早くも話題騒然、視聴率も絶好調 今年最大の問題作『やすらぎの郷』を見逃してはいけない
「俳優への出演交渉に小細工なんてしないよ。拘束は短期間。ギャラは週給6千ドル。それで興味を持ってくれるかどうかだよ」。これはウディ・アレンの言葉である。人気絶頂期のレオナルド・ディカプリオをはじめ、近年ではスカーレット・ヨハンソンやエマ・ストーンなど、これまで数々のスター役者たちが出演してきたアレンの作品。要は、映画界には役者が「出演料が安くてもこの作品には出たい」という作品があって、そういう場合、規定のギャラなんてものは無視されるということである。
4月3日に始まったテレビ朝日の連続ドラマ『やすらぎの郷』を見ていて、まず誰もが驚かされるのは、その役者陣の豪華さだろう。主演の石坂浩二を筆頭に、浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、五月みどり、野際陽子、藤竜也、ミッキー・カーチス、八千草薫、山本圭、風吹ジュン、名高達男といった昭和の映画界、テレビ界を支えてきた錚々たるスターたち。そこに、草刈民代、常盤貴子、松岡茉優といった主演クラスの役者たちがレギュラーとして加わり、さらに毎回、そんなレギュラー陣に引けを取らない大物俳優たちがゲストとして出演していく予定だという(第1週の主要ゲストは近藤正臣、小松政夫ら)。「昼ドラとしてありえない豪華さ」とかそういうレベルではなく、プライムタイムのスペシャル・ドラマでも、東宝や松竹や東映の大作映画でもありえない豪華さ。皆、倉本聰(ちなみにウディ・アレンと同じ1935年生まれの82歳)の脚本家人生の集大成的作品だからこそ、ギャラなどまったく度外視して出演を快諾したに違いない。ちなみに、主題歌は中島みゆきが新曲を書き下ろしている。
『やすらぎの郷』において度外視されているのは出演料だけではない。2クール(半年間)、平日の12時30分から毎日このドラマを放送するにあたって、テレビ朝日はお昼の時間帯の編成そのものを変えてしまい、『徹子の部屋』と『ワイド!スクランブル第2部』の間に無理やり20分の枠を作ってしまった。「シルバータイムドラマ枠」として新たに枠を創設したとのことなので、『やすらぎの郷』終了後、つまり今年の秋以降もこの枠はドラマ枠になるようだが、こんなとんでもないドラマの後に、その枠のバトンだけを受け取らなくてはいけないスタッフや出演者たちには同情を禁じえない。『やすらぎの郷』初回はこの時間帯としては異例の8.7%という高視聴率を記録。数字の上でも、後番組には大きなプレッシャーがのしかかっていくことだろう。
「とんでもないドラマ」というのは他でもない。『やすらぎの郷』は、あらゆる意味で、これまでどこでも見たことがない異様なドラマなのだ。タイトルの『やすらぎの郷』は、これまでテレビ界に大きな貢献をしてきた役者、監督、脚本家だけが老後に無料で入れる老人ホームの名前。ホームを運営しているのは、かつて「芸能界のドン」と呼ばれた大手芸能事務所の元会長。そんな物語の設定には、本来は国やテレビ局がそのようなテレビ界の功労者たちを「国の文化」としてもっと手厚く扱うべきだ、という倉本聰の強烈な皮肉が込められているのだろう。登場人物たちの会話の中には、2009年に死後1週間経って発見された大原麗子の孤独死(作中ではもちろん実名ではない)のことや、テレビ局が昭和40年代以前のドラマ作品の映像をアーカイブとして残さずに破棄してしまっていることなど、倉本聰が憤りを覚えてきたであろう現実のエピソードが次から次へと出てきてドキッとさせられる。つまり、この『やすらぎの郷』は、シルバー世代向けのドラマという体裁をとりながら、実はテレビドラマによるテレビ界や芸能界に対する痛烈な批評となっているのだ。
ただ、だからと言って小難しい作品というわけではなく、例えばかつて実生活において石坂浩二の恋人であった加賀まりこと元妻であった浅丘ルリ子が、石坂浩二演じる主人公を巡って嫉妬し合うといった、並行世界ドラマ、メタ・ドラマとしてのワイドショー的お楽しみもふんだんに盛り込まれている。こんな脚本、いろいろ恐ろしすぎて、とてもじゃないけど倉本聰にしか書けませんよ。