松坂桃李と菅田将暉の“等身大の姿”に共感! 歯科医のロッカー・サエキけんぞうが『キセキ 』を観る

サエキけんぞうの『キセキ』評

 これは、なかなかにリアルだ! 80年代よりお先に「歯科医のロッカー」をやってましたサエキけんぞうとしては、1シーン、1シーンが「そうだ、そうだ!」と頷かされた。(サエキは現在、歯科医はしてませんが)これは「GReeeeN」の真実が入ったストーリーと直感した。

 厳格な医者の父親の下を飛び出したパンク・バンドのジン(松坂桃李)と、父の「医師をついでほしい」という願いをズラす形で歯科医を目指す弟ヒデ(菅田将暉)。ジンはふとしたことからヒデの音楽の才能に気付かされる。そしてヒデの同級生仲間に自分の夢を託すことを決める……という物語。

 JINのことはサエキの音楽仲間から聞いている。PCを操る優秀なプロデューサーである。

 JINの動きが重要だと思ったのは、GReeeeNが初期に関わった「UNDER HORSE RECORDS」(エドワード・エンターテインメント・グループ株)がユニークだったから。仙台市に本拠を置く、地方インディーズの草分けなのだ。MONKEY MAJIKなど、人気アーティストが所属。地方アーティストの牙城となった。2000年に仙台のレコード会社各社の営業所が全て閉鎖になり、そこに躍進のチャンスがあったということ。しかし他の地方都市は、そんなレコード会社は育たず、音楽情報がサビれたままになった。UNDER HORSEがいかに日本の地方の夢を背負ったか計り知れない。

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 まずJINとGReeeeNには、そうした裏ストーリーがあることを、映画を見る前に知ってほしい。GReeeeNは仙台のUNDER HORSEを通し、近所の郡山から東北の夢をしょって出たのだ。

 冒頭にジンが自分の夢を託したパンク・バンドが登場。レコード会社がいかにも悪役然として登場し「あ~、いわゆるサクセス物語?」と思わせる。そのペースが一気に壊れるのはジンの弟ヒデ役、菅田将暉のホニャーっとした振る舞いの自然さがハンパないから。ファーストフードに、大学に、コンビニにいるいる、こういうクシャっとした学生。「あ~すいません~」とかいいながら現れるホゲホゲしたニクめない奴。菅田の地かもしれないが、半分閉じたような目の開き方をはじめとして、リアル大学生としての等身大ぶりがちょっと凄く、擦り寄るような息遣いに引き込まれる。

 そんな兄弟の物語を際立たせるのは、絶対存在としての小林薫扮するおっそろしい父親と、当初悪役となっているレコード会社の、ダブル“父性”だ。サエキの注目は、この二者の振る舞いがどこまで「現実だったか?」という点に集約される。実は、サエキの「歯科医のロッカー」人生もその“壁”がポイントとなったからだ。

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 サエキけんぞうは、1978年徳島大学歯学部に入学。千葉で結成した「ハルメンズ」でレコード会社と契約できそう、ということになったので、親と大学を説得して休学。東京に戻り、非常にリスキーな状況の中『ハルメンズの近代体操』『ハルメンズの20世紀』という2枚のアルバムをビクターレコードから発売した。2枚目のレコード制作が頓挫しそうになった時「どうしてくれるんだよ!」とレコード会社のディレクターに胸ぐらを掴まれたこともあった。昔は豪傑のような管理職がいたのだ。

 一方でサエキの父親は大変おとなしく“父性の壁”とはならなかった。「一生に一度だしやらせてあげれば?」という今時の甘い親の先駆だ。映画を観てのお楽しみだが、ジン&ヒデの父親は刀を出してきたり、ちょっと凄い。本当なのかなあ。

 その怖さはそのまま、この父親の医者としての自負とつながっている。昔はよくこうした人がいた。今はいない。

 自分や観客の映画を見る目線が、極めて社会的なもの、と気付かされた。この父親がしっかり怖いので“ありがたい”と感じさせられたのだった。誰でも患者になる可能性がある。そんな庶民にとっては「この父親ぐらい怖い方が、医者として頼りがいがあっていい」という感慨を持つはず。この父親がレコード会社のイヤミなディレクターと共に、GReeeeNの音楽も追い詰めて鍛える。

 映画を見ると、父子の軋轢がGReeeeNを産んだのは、恐らく間違いない?という実感が得られる。これは凄いこと。色々な伝記映画があるが、今も流行ってる曲について、リアルな生い立ち物語が体感できるなんて、まずない。今、日本の国土から消えようとしている“しっかりしたコワいお父さん”の背中。それを映画館で、みんなで見つめる一方、麻生祐未のお母さんは綺麗で凄~く良いお母さん過ぎて、ちょっとうらやましくなっちゃう。いい家である。

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 特筆すべきは、ヒデの恋人役理香役の忽那汐里の好演。ヒデのライブに出会った時、クルクルっと嬉しそうに変わる表情筋の動きは、ちょっと事件なほどのリアルで可愛い! こんな表情、良く撮れたなあ、と思う。

 今時のお部屋スタジオでのレコーディングシーンも凄くリアル。冒頭のパンク・バンドのレコーディングや、GReeeeNが、ボーカルユニットとして育つところも、ヤラセっぽさがない。あんな感じです。ジンがハードなロックから転じてソフトなヒップホップ・ポップスをプロデュースする、という転換が、玄人的に見ても非常に納得のいく呼吸で描かれる。ライブハウスで会場が沸いた瞬間に、後に日本中の人生を左右するようなヒットへの道のりが作られる。その現場感が描けたのは、JINが良くこの映画をスーパーバイズできているからだろうと思う。

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