ジャ・ジャンクー最大のヒット作『山河ノスタルジア』は、新時代の中国国民映画となる
予告された「さまよえる中国」の未来
タオと青年の間にできた子供は、外貨を象徴する「ダオラー」(Dollar)と名付けられる。二つ目のパート「現代」では、離婚して親権を奪われたタオと、ダオラーとの束の間の交流を描く。タオが久しぶりに会った幼い息子は、英語を勉強し、より「西洋的」な存在となっており、中国人としての「常識」をわきまえていない。そのことにタオがいら立つように、「古い中国」を見捨てたタオは、自分自身が「古い中国」となってしまっていることに気づかされる。時代の風潮を追い、古いものを否定し続けるという姿勢は、やがて自己矛盾を生むことにも繋がる。
近代化、西洋化による中国人のアイデンティティー喪失が、最も深刻化するのが、三つ目のパート「未来」である。「ピーター」という英語名を名乗り、息子のダオラーとともにオーストラリアに移住したジンシェンは外の社会ではなく華僑のコミュニティーのなかだけで充足しようとする。だがそれは、彼自身が「中国人」であることの証明でもある。対して成長したダオラーは自身を「試験管ベビー」だと例えるように、西洋的な文化、生活に順応したがゆえに自身のルーツや文化とは切り離された存在となっている。立脚点を失った「さまよえる中国人」の姿は、近代化、西洋化の果ての未来の中国の姿でもあるだろう。自らも映画を監督する作曲家、半野喜弘は、過去にもジャ・ジャンクー作品の音楽を担当しているが、本作では哀感を誘う主題を何度も変奏することによって、映画に統一性を与えながら、このテーマを音楽として体現するべく美しい設計を見せている。
本作に登場するオーストラリア南東部海岸の観光地「グレート・オーシャン・ロード」には、長年海岸に打ち付ける波によって削られてできた「十二使徒」と呼ばれる岩石群がある。現在はさらなる波の浸食によって、12あった奇岩は8つにまで減ってしまったというが、本作の未来パートではそれが「三使徒」にまで減ったという状況が描かれる。本作の主人公であり、女優の名でもある「濤」(タオ)という言葉は「海の波」の意味があるという。それはかつての伝統や「山河」までをも喪失させていく時代の「波」だともいえる。
中国があらゆる断絶に引き裂かれていく悲劇的な展開に、本作は希望も与えている。劇中、タオはかつて自分が見捨て、無神経にも結婚式に招待してしまった男に経済的な援助をする。そこに復活するのは、「関帝」が象徴するような伝統的な道徳心や義侠心である。中国人や世界中に散らばった華僑が関帝廟を信仰の対象にしてきたように、断絶した彼らを繋げるのは、人を思いやる心や愛情である。そしてそれは、海に断絶されたオーストラリアと中国の間を、「波」として駆け抜けてゆく。
ジャ・ジャンクー監督は、やはりこれまで、中国人民の頭を飛び越え、海外に到達する「国際的」な監督であったように思う。それは、本作のダオラーの孤独とも重なっているかもしれない。しかし本作では、新しい時代の中国の病理を予告しながらも、中国の観客に向け、揺るぎない精神性と、希望にあふれるラストシーンを、しっかりと大地に足を踏ん張って示して見せている。本作が本国でいままでにない成功を収めたのは、そのような「国民映画」としての意味合いを獲得したことこそが大きな理由だろう。そして、ここで「未来」として描かれた「2025年」に、現実の時間が追いついたとき、本作は中国にとって、それを取り巻く世界にとって、重要な意味を持つ映画として再び甦るだろう。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。
■リリース情報
『山河ノスタルジア』
1月6日(金)発売
価格:5,000円(税抜)/BCBF-4807
収録分数:141分予定(本編127分+映像特典約14分)
映像特典:ジャ・ジャンク―監督インタビュー、劇場予告編
ドルビーデジタル(5.1ch/ステレオ)/片面2層/16:9(スクイーズ)/スタンダード・ビスタ・スコープサイズ/日本語字幕付(ON・OFF可能) ※中国語音声 ※2016年4月公開作品 ※PG12
<スタッフ>
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:半野喜弘
メイク:橋本申二
美術:リュウ・チァン
音響:チャン・ヤン
編集:マチュー・ラクロー
プロデューサー:市山尚三
アソシエート・プロデューサー:川城和実、定井勇二、チェン・ジェンピン、チャン・ドン、ワン・ホン、ジュリエット・シュラメク
製作総指揮:レン・チョンルン、ジャ・ジャンクー、リュウ・シーユー、森昌行、ナタナエル&エリシャ・カルミッツ
製作:上海電影集団、Xstream Pictures、北京潤錦投資公司、MK Productions、ARTE、CNC、バンダイビジュアル、ビターズ・エンド、オフィス北野
<キャスト>
チャオ・タオ、チャン・イー、リャン・ジンドン、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン
(c)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano