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門間雄介の「日本映画を更新する人たち」第8回

注目すべき“90年代生まれ”の監督たちーー中村祐太郎、甫木元空らは新たな監督像を築き上げるか

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 さて、前回は1980年代後半生まれの映画監督たちを取りあげて、彼らが目指そうとしている新しさについて考えてみたけれど(参考:注目すべき“80年代生まれ”の監督たちーー映画作りの中心を担う層が変化した2016年の日本映画界)、今回は彼らに続く世代、90年代生まれの監督たちを紹介することにしたい。2015年から16年にかけて、自主上映や企画上映などのかたちを除き、作品が一定の期間劇場で公開された90年代生まれの監督たちはざっとこれくらいいた。

■1990年代生まれ
小林勇貴(『孤高の遠吠』) 90年生まれ 
渡辺大知(『モーターズ』) 90年生まれ 
中川龍太郎(『走れ、絶望に追いつかれない速さで』) 90年生まれ 
中村祐太郎(『太陽を掴め』) 90年生まれ
竹内里紗(『みちていく』) 91年生まれ
酒井麻衣(『いいにおいのする映画』) 91年生まれ 
二宮健(『SLUM-POLIS』) 91年生まれ 
甫木元空(『はるねこ』) 92年生まれ 
仲村颯悟(『人魚に会える日。』) 96年生まれ

 それは2015年初夏のことだった。試写で観た竹内里紗監督の『みちていく』があまりにすばらしかったので感想をツイートしたところ、何日か経って作品の関係者から連絡があった。ツイートの文言を公式サイトなどで使用したいという許諾確認、そして上映期間中に開催されるトークイベントへの出演依頼だった。断る理由なんてない。イベント当日、メールを通じてやりとりしていたその人物と初めて顔を合わせることになり、彼が普段は会社勤めをしながら、あくまで自主的に作品の宣伝に協力していることを知った。その時、映画にもっと関わっていきたいのだと熱意をみなぎらせて話していた彼が髭野純だった。

 再び彼から連絡が入ったのはちょうど1年後、2016年の初夏だ。メールを開くと、そこには彼が以前勤めていた会社を辞め、私財をはたき、フリーランスで映画をプロデュースしていることが書かれていた。件名にはこうある。

「『太陽を掴め』製作のお知らせ」

 髭野がプロデュースしていたのは中村祐太郎監督の劇場デビュー作『太陽を掴め』だった。東京学生映画祭で二度のグランプリ受賞、MOOSIC LABでもいくつかの賞を受賞してきた中村祐太郎は、すでにインディペンデント映画界で一目置かれる存在だった。彼がそれまでの作品で切り取ってきたのは殺伐とした等身大の世界だ。15年、多摩美術大学の卒業制作作品として作られた『雲の屑』は、地方都市でマルチ商法に手を染める若者たちの階層化された社会を、えげつない暴力と愛のないセックスによって浮かびあがらせた。14年の『あんこまん』も、闖入者によって生活をかき乱される20代後半女性の姿を通して、若者の閉塞感に焦点を当てているのは同じだ。おそらくその息苦しさは彼の、そして彼らの世代の紛れもない現実なのだろう。でも彼はそんな窮屈な場所にほんのわずかな愛を見出そうとする。

 『太陽を掴め』もまた、殺伐としたこの世界にかすかな愛の手ざわりを探る物語だ。ミュージシャンの青年を中心に、彼の同級生だったフォトグラファー、その恋人だった女の3人が織り成す青春群像を描くこの作品は、しかしこれまでと比べてひりひりした現実の描写が手ぬるく、中村らしい過酷で切実な世界観の構築にはいまひとつ及んでいないかもしれない。だが、主人公が女に愛を告白する瞬間、この作品はふたりが閉じこもった薄暗い押入れのなかを、驚くべき唐突さで満点の星空へと変えるイリュージョンを見せてくれる。果敢な一点突破とでもいうのか、この純粋極まりないシーンの存在によって、『太陽を掴め』は中村祐太郎の「次」を観る人に期待させる作品になった。新人プロデューサーとしてキャリアをスタートさせた髭野にとって、これはどのような作品になっただろうか。

      

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