『ファンタビ』には“トランプ批判”が込められている? 社会派ファンタジーとしての側面を読む

社会派ファンタジーとしての『ファンタビ』

 アメリカの魔法使いと普通の人間との対立を通して描かれるのは、「ハリー・ポッター」から引き継がれる人種差別問題である。魔法使いたちや、魔法使いの存在に気付いた人間たちは、お互いに不審の念を抱いている。本作のヒロインの妹である魔法使いクイニーは、心を読む能力によって、ノー・マジ(非魔法使い)である平凡な中年男ジェイコブの、じつは誰よりも優しく美しい心に触れることで、彼に惹かれていく。この交流は、異人種間の偏見がはびこる社会のなかで、垣根を乗り越える希望として描かれている。

 人種間の対立を煽る貧しい人々もいる。本作に登場する過激な宗教結社は、魔法使いに対し、前時代的な「魔女狩り」を行うことすら主張しており、孤児を引き取るという慈善事業を行いながらも、児童虐待問題を起こしている。これは、実際に一部の宗教団体が起こした過去の事件を基にしたものであろう。本作が扱うのは、じつはこのような、うっかり手を出しづらい、社会問題のなかでも最も暗い部分にあたる。

 さらに、そのような貧しさと対比されているのが、大企業と政治家の存在だ。ここで貧富による格差問題とともに描かれるのは、人種間の憎悪を煽る政治家と一部のメディアが癒着し、大衆を扇動していく仕組みである。このメディア王に、ハリウッドの俳優の中でも最も保守的な政治姿勢を持つジョン・ヴォイトがキャスティングされているのは示唆的だ。その息子が大統領選にも出馬するかという保守派の政治家だという設定は、裕福な家庭に生まれ育って大統領になろうとしていたトランプ氏への批判となっていると考えられる箇所である。本作で描かれる、グローバルな視点からの社会問題への批判は、トランプ氏に代表されるローカルな政策の、全て逆に向かっているといって良い。

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 このような主張はまだまだ作品のなかに隠されている。主人公ニュートは、人付き合いが苦手ながら魔法動物をこよなく愛する学者であり、自然や絶滅危惧種などの魔法動物の保護を行う、社会活動家としての側面を持っている。アメリカ合衆国魔法議会の代表は、アフリカにルーツを持つ英国人俳優カルメン・イジョゴが演じる女性であり、劇中では死刑制度を残酷な行為だとする批判的な描写も見られる。本作は、このように深刻な社会問題に対してひとつひとつ答えを提示していく、きわめて政治的な作品となっている。J.K.ローリングはファンタジーというかたちでそれらを告発することによって、社会派ファンタジー作家という、個性的な道も切り拓いたといえるのだ。皮肉なことに、現実の世界で大統領選に勝利したのは、初の女性でなく、本作の精神が忌み嫌うトランプ氏であった。だが、本シリーズが今後も予定通りに続いていくとすれば、世界中にはびこる同様の社会問題に対し、本作と同じ姿勢で取り組んでいくに違いない。

 「幻の動物とその生息地」のなかには、じつは日本の河童(カッパ)についての記述もある。このことから、将来的に日本が本シリーズの舞台になる可能性もなくはないだろう。日本は妖怪の宝庫なので、おそらく魔法動物のネタに困ることはないはずだ。だが、本シリーズに設定された時代、20〜30年代にかけては、世界的にファシズムが台頭し始める、政治的に微妙な時期と重なっていく。日本も軍国主義への道を進み、主人公ニュート・スキャマンダーの母国である英国とは、その後に敵対することになる運命を背負っている。もし日本が舞台になったとしたら、政治的には日本のファンのなかでも賛否を生みかねない内容になるかもしれない。しかしそういった、世界の暗い歴史に対して、本シリーズがどのようなアプローチを見せてくれるのかは、非常に興味深い点だともいえる。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
公開中
監督:デヴィッド・イェーツ
原作・脚本:J・K・ローリング
プロデューサー:デヴィッド・ハイマン、J.K.ローリング 
出演:エディ・レッドメイン キャサリン・ウォーターストン、ダン・フォグラー、アリソン・スドル、エズラ・ミラー、サマンサ・モートン、コリン・ファレル
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2016 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
Harry Potter and Fantastic Beasts Publishing Rights (c)JKR.
公式サイト:fantasticbeasts.jp

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