もっとも少女たちに近い監督、山戸結希が『溺れるナイフ』で見せた進化 

 すっかり日本映画界には漫画原作ものが氾濫し、“実写化不可能”と言われ続けた少年漫画でさえ、来年に相次いで実写化されるとの話題があがる。激しい戦闘シーンや、現実離れしたキャラクター造形と物語を持つ少年漫画の映画化は、もちろんVFX技術の向上によって可能となるものだが、そんな時代でも、物語とキャスティングの魅力だけで実現することができるのが少女漫画の映画化の強みだ。

 学生の恋愛描写や青春話に重きを置いたそれらは、たしかにここまで大量に映画化されてしまえば、どれも同じような物語だと印象付けられても否定はできない。今年の3月に公開された『ちはやふる』のように、恋愛をそっちのけで部活に打ち込む姿が描かれるものも中にはあるが、大方が『オオカミ少女と黒王子』などに代表されるように、恋愛描写を中心に物語は進行する。

 この『溺れるナイフ』も、都会から地方の学校に転校してきたティーンモデルの主人公が、その土地の有力者の跡取りである少年の神秘的な魅力に取り憑かれ、恋に落ちる姿が描かれる。ところが、他の少女漫画原作映画で見受けられるような、想いが伝わらない/慣れない恋愛にどうしていいのかわからない、などといった漠然とした悩みに、この主人公は苛まれない。

 自分が芸能界にいた過去によってもたらされる悲劇に直面し、再びその輝かしくも恐ろしい世界に戻るか否かという、自分自身の将来に関した悩みを湛えて、副次的なものとして恋愛に向き合う。芸能界に戻るためにはこの地方の町から出て行かなくてはいけないこと、地元の有力者の息子である彼はこの土地に確実に残り続けなくてはならないこと。理想と現実に挟まれることで生まれる悩みはどんな物語にも付きものではあるが、彼女は理想と理想の間に雁字搦めにされ、より一層この物語に残酷さが充満する。

 

 少女漫画、という呼称の通り、この種の物語はティーンエイジャーの女性を対象に見据えられたものが多い。現に、劇場に足を運んで見れば、場内は女性たちで埋め尽くされ、心ときめく場面が画面上に映し出されればそこかしこから黄色い歓声があがる。しかし、これまでそんな映画を作り出していたのは、三木孝浩(『アオハライド』や『青空エール』など)だったり、ピンク映画出身ですでに還暦を越えている廣木隆一(『ストロボ・エッジ』や『オオカミ少女と黒王子』)だったりと、不思議なほどに受け手からは正反対の位置にいる作家ばかりだった。

 ところが本作でメガフォンを執ったのは、現在の日本映画界でもっとも少女漫画の対象となる観客に近い位置にいる山戸結希だ。そんな彼女が描き出したのは、これまで持っていた少女漫画映画のイメージを打ち破る、危なっかしく暴力的な姿。それでいてすべての登場人物が、触れるだけで壊れてしまいそうな弱さを抱えている。これまで我々がのうのうと観てきた少女漫画の甘酸っぱい世界なんて、ただのフィクションに過ぎないものなのだとまざまざと見せつけられるのだ。主人公がいて→相手がいて→恋に落ちるという、記号に塗れた表面だけをすくっても何も生まれない。キャラクターの内面に鋭利なナイフを突き立てることで、感情移入に重点を置いた観客の心にも直接影響することができるのだ。

 山戸結希といえば、一昨年公開された初商業作品『5つ数えれば君の夢』で、東京女子流のメンバーを主人公に迎えて、文化祭を控えた女子校の青春群像を描き出した。そこには、女子校という心理的に閉鎖された空間の冷ややかな空気と、そこに介入しようとする愚鈍な男性への嫌悪にも似た描写が蔓延し、筆者のように東京女子流観たさに鑑賞した平凡な男子諸君は、女子という生き物の恐ろしさを目の当たりにしたのである。

 

 とはいえ、今回の『溺れるナイフ』のヒロイン小松菜奈と、クラスメイトを演じている上白石萌音からは恐ろしさは感じられない。上白石演じるカナの物語を掘り下げれば、おそらくそういった部分も出てくるのだろうと予感させられたが(高校に進学したパートからの雰囲気の変わり様がすごい)、あくまでも小松菜奈という女優の姿を捕らえることに重点を置いたのであろう。『5つ数えれば〜』がヒロイン映画としての枠をはみ出して荒っぽさが強く出たと考えれば、『溺れるナイフ』は整然としたヒロイン映画として進歩している。

 その点では、絶賛封印中の伝説のデビュー作『あの娘が海辺で踊ってる』と、大ヒットを記録した中篇『おとぎ話みたい』との類似性を感じる。どちらも理想を持った少女が、現実さえもその理想の中に落とし込もうとしている姿であり、山戸は少女たちが持つ刹那的な美しさを愛しながらカメラに収めている。アイドルとして消費されることを自ら望む少女を描いた『あの娘が海辺で踊ってる』の主人公のもっと先の姿が、すでに都会で芸能人として活躍して地方に移り住むことになった今作の小松菜奈であろう。

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