『SCOOP!』『何者』『溺れるナイフ』ーー話題作の陰にこの人あり 伊賀大介に訊く、日本映画の「衣装」の現在

スタイリスト・伊賀大介インタビュー

 今年に入ってから公開された作品だけでも、『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』『世界から猫が消えたなら』『ふきげんな過去』、そして現在公開中の作品では『SCOOP!』『何者』『溺れるナイフ』と、いずれもまったく方向性は違うものの、2016年を代表する作品群の「衣装」を手がけている伊賀大介。2012年にアニメ作品『おおかみこどもの雨と雪』の「衣装」まで手がけた時には、さすがにちょっとした話題となったが、普段は裏方に徹していることもあって、近年目に見えて充実ぶりを示している日本映画界における「陰のキーマン」であり続けている。

 ファッション誌や広告のフィールドを中心に活躍してきた超売れっ子スタイリストの彼は、どのような経緯で映画に関わるようになったのか? そして、何が彼を決して「割のいい仕事」ではない映画の仕事に駆り立てているのか? 『SCOOP!』『何者』『溺れるナイフ』、それぞれの作品における「狙い」について訊きながら、「衣装=伊賀大介」の発想とその方法論に迫ってみた。(宇野維正)

「登場人物をトータルでとらえる必要がある」

——伊賀さんが最初に「衣装」として関わった映画というと、どの作品になるんでしたっけ?

伊賀大介(以下、伊賀):『ジョゼと虎と魚たち』です。犬童一心監督の。

——というと、2003年が始まりだったんですね。そもそものきっかけは?

伊賀:当時はアスミック(・エース)が製作する邦画にすごく勢いがあって。今思えばプロデューサーの意向で、これまでとは違う血を邦画の世界に入れてみようということで、スチール撮影がカメラマンの佐内正史さん、音楽がくるりの岸田繁くんって感じで、その流れで衣装の話が俺のところにきた感じだったのかな? でも、時間も予算も全然なくって(笑)、もしそういう意図がちゃんと見えなかったら受けてなかったかもしれないですけど、やってみようかなって。映画を観ること自体は子供の頃から大好きだったんですけど、当時はまだファッション雑誌しかやってなかったから。

——そこからは、もう立て続けに映画の仕事を?

伊賀:最初の頃はポツポツって感じでしたね。次にやったのが宮藤官九郎さんの『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005年)で、その次が蜷川実花さんの『さくらん』(2007年)。

——あぁ、最初の頃は全部アスミックの作品なんですね。

伊賀:そうなんです。で、宮藤さんとはその縁で、その後、宮藤節が炸裂する舞台もずっとやるようになって。映画でも、今年は『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』もやらせてもらいました。

——一言で「衣装」の仕事って言っても、スタイリングの仕事だけじゃなくて、作品によっては衣装をゼロから作ることもやらなきゃいけないわけじゃないですか。

伊賀:映画では服を選ぶのと作るの、半々くらいですね。

——宮藤さんとかまさにそうですけど、一度伊賀さんに頼んじゃうと、もう元に戻れないみたいな(笑)。ここにきて急に本数が増えてきたのは、同じ監督からまたオファーがあってっていうのも大きいですよね。

伊賀:あとは、これまでその監督がどういう映画を作ってきたのかということ。やっぱり映画好きとして、過去に自分が好きな作品を撮ってきた監督から声をかけていただいた時は、『是非!』ってことになりますね。

——伊賀さんの映画での仕事が日本にも過去に何人かいる名の立った「衣装」の方と異なるのは、そこで「伊賀スタイル」のようなものを見せつけるわけじゃないことで。映画好きとして、すごく作品に寄り添った仕事をされてますよね。

伊賀:ハリウッド映画とか、一部の韓国映画とか、『え? これスタイリストついてるの?』ってくらい自然なスタイリングをやってるじゃないですか。まずは、そこまでいかないと話にならないなって。

——「この人、なんでこんな服着てるんだろう?」って日本映画、少なくないですよね(笑)。

伊賀:(笑)。あと、日本映画界のシステムとして衣装部と装飾部(持道具)の分業体制っていうのがあるんですね。つまり、靴やカバンや財布や時計といったアクセサリー類は、本来は衣装部の仕事ではなくて装飾部の仕事っていう。

——靴のセレクトが別部門って、スタイリストの仕事としては考えられないですよね(笑)。

伊賀:もともとは時代劇のシステムなんですよね。着物と履物を別の部署が用意して、履物は刀と一緒に管理するみたいな。多分、その方が当時は効率が良かったんだと思うんですけど、そういう6、70年前から風習がいまだに残っているっていう。

——時代劇はそれでいいのかもしれないですけど、現代劇ではそれははっきりと弊害ですよね。

伊賀:もちろん衣装部と装飾部の最低限の連携はあるんですけど、登場人物をトータルでとらえる必要があると思うんですよね。例えば、映画の中で登場人物がマノロ・ブラニクの靴を履いている意味と、3年くらい履き倒したファッションセンターしまむら的な靴を履いている意味、それぞれ明確にあるわけじゃないですか。そういうニュアンスを表現するには自分で全部やるしかなくて。その人物の足元を映しただけで、一発でわかる何かっていうのがあるじゃないですか。同じビーサンを写すのでも、ただ新品のビーサンを用意するのと、使い古したビーサンを用意して爪先をちょっと汚すだけでも、全然映画の表現としての深みが違ってくる。

——そうですよね。

伊賀:あと、例えば今ってカバンよりも、むしろスマホをどんなケースに入れているかに、そのキャラクターの特徴が出ていたりするじゃないですか。そういうところにも、できるだけ気を配りたいなって。だから、美術部ともなるべくちゃんと連携をとるようにしていて。登場人物の部屋のセット、特に出衣装とかーー。

——「出衣装」?

伊賀:クローゼットとか壁とかにかかっている服のことです。そこでただ服を用意するだけじゃなくて、ちゃんとその登場人物が普段から着てそうな服がそこにかかっているかどうか。そういうところまでちゃんと目を行き届かせることって、映画にとって効いてくると思うんですよね。

——そのあたり、大根仁監督の作品はいつもとても周到ですよね。

伊賀:そうですね。初めてご一緒した映画『モテキ』の時も、みんなでポスターやレコードといった私物を持ち寄ったりして。『恋の渦』の時は、それにその登場人物を演じている役者さんの私物も混ざり合って、自分の想像も超えるリアリティが生まれていましたけど(笑)。大根さんとは、『モテキ』のドラマの時から話をもらっていたんですけど、その時はどうしてもスケジュールの都合で参加できなくて。結局、自分の元アシスタントの女の子がやったんですけど、登場人物が昔のゆらゆら帝国のTシャツを着ていて、そこに折り皺みたいなのがあったんですよ。

——あぁ、新品おろしたてみたいな?

伊賀:そう。『ありえないだろう!自分がやればよかった!』って。いや、その娘もちゃんといい仕事してたんですけどね(笑)。

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