庵野秀明に実写を撮らせた男、甘木モリオが語るプロデューサーの資質「嫌われる覚悟が必要」

シネバザール代表・甘木モリオインタビュー

 スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーによるインタビュー連載「映画業界のキーマン直撃!!」第7回には、『シン・ゴジラ』の製作を手がけたプロダクション、株式会社シネバザールにて代表取締役を務める甘木モリオ氏が登場。『平成ガメラ三部作』や『ラブ&ポップ』、『パコと魔法の絵本』『20世紀少年』『太平洋の奇跡』『監督失格』『私の奴隷になりなさい』『へルタースケルター』など、数多くの邦画をプロデュースしてきた同氏に、映画製作において大切にしていることや、プロデューサーという仕事の特殊性、その哲学まで、じっくりと話を聞いた。(編集部)

映画は必ずしも監督だけのものじゃない

ーー甘木さんは、どんな風にして映画業界に入ったのでしょう。

甘木:地元の福岡の高校を卒業してすぐ、今村昌平さんが校長を務める日本映画大学(当時は横浜放送映画専門学院)に入学して、2年間過ごしましたが、ほとんど学校は行ってません。横浜スカイビルという雑居ビル内に校舎があって、その下がパチンコ屋だったので毎日のように入り浸っていました。僕は当時、朝日新聞の奨学生だったので、新聞配達とパチンコばかりの学生時代でした。でも、その分暇だったので映画だけはいっぱい観ていました。当時は漠然とですが、将来は映画に携わりたいと考えていて。ただ、どういう方向に進むかは決めかねていました。ドキュメンタリーも劇映画も好きだったし、テレビにも興味があったんですね。で、学校に行ってる最中から、アルバイトで現場に行ったりしていて、卒業してすぐにゼミの講師の紹介で、『居酒屋兆治』という映画の制作部として、見習いですけど仕事をするようになりました。それから制作進行や助監督の仕事をするようになり、いまに至るという感じです。

ーー自分でプロダクションを構えたのは?

甘木:シネバザールは今年で21年目なので、立ち上げたのは僕が32歳のときです。黒澤明さんの制作部の同人会から始まって、2年間ほど経つと下請け仕事の依頼も来るようになって、そろそろ会計的にも会社にしないとまずいなということで、僕を含めて3人で出資して会社にしました。当時はすでにプロデューサーをやっていて、もう監督になりたいとはあまり思わなくなっていました。自分に向いていないと思ったし、その頃から“映画は必ずしも監督だけのものじゃない”という考え方も芽生えてきたんです。

ーーどういう意味でしょう?

甘木:たとえば、黒澤明さんの映画は、やはり監督のものだと思います。黒澤監督は天気が悪いから今日は撮れないと言って撮影を中止にされるんですね。エキストラを何千人と呼んで、馬を何百頭と集めて、撮影も完全にセットアップできていたとしても、監督の美学を第一優先にして、撮らないという選択もされるんです。一方で、多くの現場を経験するとプロデューサーの中には、裏で糸を引いているタイプの人がいることがわかる。あまり表には出ないし、監督の前ではニコニコして機嫌を損ねないように上手に付き合っているけれど、実は裏から現場を動かしていて、それが“悪い大人”という感じがしてとても惹かれたんです。制作部で働いて、プロデューサーが実際にどういう仕事をするのかも少しづつわかってきて、自分の性格的にもこちらの方が向いているな、と思うようになりました。

映画を作るうえでは「なぜ?」と思わせることが大切

ーー甘木さんがプロデュースされた作品は、監督の選定が面白いですよね。村上龍原作の『ラブ&ポップ』を、庵野秀明監督で撮って、メイキングはAV監督のカンパニー松尾監督とバクシーシ山下監督が手掛けるという、かなり異色の組み合わせでした。

甘木:庵野秀明とは、僕が平成『ガメラ』シリーズをやってる時に、特技監督の樋口真嗣を通じて知り合いました。『新世紀エヴァンゲリオン』の実写パートを作ってほしいとの話で、彼らは実写のことはわからないので、僕がラインプロデューサーとしてコーディネイトを担当することになったんです。ちょうどその頃、ソニーからVX1000という、これまでのものとは段違いにハイスペックな民生用のデジタルカメラが出たばかりで、庵野秀明は個人的にそれを購入して『エヴァ』の現場でも色々と撮って遊んでいました。その内、エヴァが終わったら実写を撮ってみたいという話になり、エヴァの大月プロデュサーもやらせようとなり、何をやりますかって庵野秀明に聞いたら、村上龍さんの『ラブ&ポップ』が題材として挙がってきたんです。僕らは“テレビ東京深夜枠システム”と言っていたんですけれど、要するにテレビ東京の深夜枠でやっているような、型や枠にはまらずに出来るだけ自由な発想で作ったコンテンツを映画館で流してみたかったんですね。それがいつの間にか、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明による実写第一弾ということで、予算がどんどん膨れ上がっていって、東映さんの配給で全国公開する映画になっていったんです。かといって、作品の中身はそんなに変えたくなかったので、ほとんど全編をデジタルカメラで撮影して、ああいう映画に仕上がった。庵野秀明はアニメ畑の監督なので、実写の監督とは制作のプロセスやアプローチがまったく違って、そういうところが僕にとっても刺激的だったし、面白いと思いました。その後、庵野監督とは『式日』『流星課長』と『キューティーハニー』を作りました。

ーーでは、カンパニー松尾らにメイキングを依頼したのはなぜでしょう?

甘木:村上龍さんの『ラブ&ポップ』は、女子高生が援助交際をしているという当時の社会背景があってこその作品ですが、映画にするとなった場合、現実問題として15~6歳の女子高生を被写体にして描けることはたかが知れていると思ったからです。成人映画にはできないわけですから。その窮屈さを打破しようと考えた時に、AV業界のクリエイターを巻き込むという発想が出てきて、カンパニー松尾、バクシーシ山下に声をかけました。カン松のAVはドキュメンタリーとしても面白かったので、彼なら女子高生を生々しく切り取れるんじゃないかと。その後、カン松に平野勝之を紹介してもらい、彼の『自転車不倫野宿ツアー 由美香』を観せてもらって、すごく面白かったので、『エヴァ』で疲弊していた庵野監督にも奨めたところ、とても喜んでくれて。「世の中にはここまで自らを晒して映画を作っている人たちもいるんだから、自分も頑張って映画を作ろう」って、創作意欲を新たにしてくれたみたいです。それが縁で平野の『監督失格』のプロデューサーを、庵野秀明が引き受けてくれたんですね。平野は、2005年にかつての恋人 林由美香を失って以来映画が撮れなくなってしまったんですが、カン松やバクシーシさんも交えて下北沢で酒を酌み交わした時に、もう一度撮ろうという話になって。庵野秀明は平野の作品で映画への意欲を取り戻したのだから、今度は平野が立ち直る手助けをしてもらおうと考えたんです。

ーーこういうと語弊があるかもしれませんが、『監督失格』に庵野秀明さんをプロデューサーとして迎えることによって、宣伝効果を狙った部分もありましたか?

甘木:それはもちろんです。エヴァの庵野秀明が、なぜこの映画をプロデュース?」っていう疑問と驚きは、『監督失格』の重要な要素でした。映画というのは、基本的に「なぜ?」と思わせるポイントがないとダメで。「なぜ?」って疑問が生じない映画は、観客も興味を抱きません。これは、僕がものを作る上でのキーポイントでもあります。僕自身は直接関わっていない映画ですが、『シン・ゴジラ』がヒットしたのも、「なぜ?」がたくさんあるからだと思います。庵野監督がなぜエヴァの作業を止めてまでゴジラをやるのか? そこに大切な意味があると思うんです。誤解を怖れずに言うならば『シン・ゴジラ』は珍品の部類に入る作品だと思います。ただ、そこが庵野秀明のすごいところで。彼は珍品と一級品の間の、実に際どいところを攻めてくるんです。見ようによっちゃ珍品だっていう映画も、人によっては一級品だって思うこともある。それが、誰もが認める一級品になるのは、何年かの時を経て、社会的な評価が固まってからなんです。最初に出てきたときは理解しがたくて、珍品か一級品かで議論が生まれるものだけが、はじめて人々の間に深く浸透して、誰もが認める一級品になる可能性を秘めている。そういう映画を作るうえで、大切なことが観客に「なぜ?」と思わせることです。

ーー僕もプロデューサーとして、観る人の想像の上をいくものを作りたいとは思っているのですが、それって常に伸るか反るかの賭けでもあるから、大きなプレッシャーも感じます。甘木さんはご自身の企画に不安を感じたりすることはありますか?

甘木:僕はあまりプレッシャーとかは感じないですね。もちろん、映画が公開されて劇場に誰もお客さんがいなかったら、しまった!やっちゃったなって思いますよ。ただ、作っている段階ではつとめて気にしないようにしています。というのも、お客さんに珍品と見られるか否かは本当に紙一重で、作り手のさじ加減ひとつなんですね。その塩梅については悩みますけれど、自分もお客さんも時代とともに感覚は変わっていくもので、塩梅を間違える時は自分の感覚が時代にフィットしていないだけのことだと思うんです。それって、あまり悩んでも仕方のないことだし、もし自分の感覚がズレてきたのなら、もう全面的にいけてる監督の感覚に委ねて仕事をしてしまうことだってできる。自分の感覚で映画を作り続けるのは、年齢的にも気力的にも、もう限界なんじゃないかな。台本を読むスピードだって、若い頃の倍くらいかかるし。プロデューサー稼業は、もうそろそろ終わりです(笑)。

ーーでも、ひとに仕事を委ねること自体が、プロデューサーの仕事のひとつですよね。

甘木:そうですね。それができるおいしいポジションというか、ただ、目利きじゃないとダメだと思います。監督を選ぶ時にも、人に勧められた監督と一緒にやると、何かちょっとしっくりこない感覚があるんですよね。その感覚が最後までずっとついて回ることが多くて、いいのか悪いのかわからないまま映画が出来上がった時、はじめてその違和感の正体が掴めたりするんです。そうならないためには、やはり最初の時点からピンとくる監督を選ぶ必要があって、目利きが重要になります。ただ、だんだん目も悪くなってくるから、いつまで続けられるかはわかりません。

ーー目利きをするうえで、重要なのはどんな感覚ですか?

甘木:アーティストのピュ~ぴるを題材にしたドキュメンタリー『ピュ~ぴる』を観たとき、僕は松永大司監督のことを知らなかったのですが、なんとなく感じるものがあって。その後、元アスミックエースの小川真司プロデューサーから、松永さんが作ろうとしている映画について相談を受けて、それが『トイレのピエタ』だったんですけれど、手塚治虫さんが亡くなる前に最後に遺した構想を元にしていると聞いて、納得するものがありました。『ピュ~ぴる』の時に感じていたのは、松永大司の一貫した“死生観”のようなもので、そこは自分とうまくシンクロできそうだなと思いました。その時はたまたま、死生観に共感したんですが、その人の根っこにある部分が、ちゃんとシンクロするかどうかは、僕がプロデューサーとして映画を作るうえで大切にしていますね。

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