医療SFスリラー『セルフレス』で本領発揮! インド出身の俊英、ターセム・シン監督インタビュー
「非西欧圏の監督にもチャンスが増えてきているのかもしれないけど……」
——本作の監督はインド人、つまりあなたで、脚本家はバルセロナ出身のまだ若い才能溢れるスペイン人の兄弟で、今やそうした国境や人種を超えた才能が集結することがハリウッド映画においては当たり前のこととなっています。それは映画にとって理想的な場所のようにも思えるのですが、現在のハリウッドに問題点があるとしたら、それはどんなところだと考えますか?
ターセム:問題点……。うーん、まず大前提として、ハリウッドでの映画の仕事というのは、世界中の人々にとって憧れの仕事なんだよ。もしかしたら、そこに異論もあるかもしれないけれど、もし能力があって、そこにチャンスがあるなら、誰もが一度は飛び込みたいと思う場所だと自分は思うんだ。
——そうでしょうね。
ターセム:で、そういう仕事における競争というのは、非常に、本当に非常に激しいものなんだ。だから、ハリウッドがインターナショナルでボーダレスな場であるというのは、今に始まったことではないと思う。たとえば、あなたが住む日本で作られている映画のほとんどは、その土地の観客だけに見せたいと思って作られているわけだよね?
——そうですね、基本的には。
ターセム:それはインドのボリウッドでも一緒で、普通の映画だったら物語の途中でいきなり歌を歌い出して踊ったりはしないわけだ。でも、もともとハリウッドは世界に向けて映画を作っているのだから、そこに世界中の映画人が集まってくるのは必然で、そういったワールドシネマといった概念はフリッツ・ラングの時代からずっとある。21世紀に入ってから、自分のような非西欧圏の監督にもチャンスが増えてきているのかもしれないけど、それは0.01%の可能性が0.1%になっただけみたいなもので、基本的にはとても競争の厳しい世界だとしか自分には言いようがないな。テクノロジーの発展によって、世界がこれまでよりも小さい場所、狭い場所になってきたことで、いろんな国からハリウッドを目指す人は増えているんだろうけど、それは、それだけ競争が激しくなっているとも言えるしね。
——なるほど。あなたの最新作はテレビシリーズ『Emerald City』(NBC)になるわけですが、あなたのような才能ある映画人がどんどんテレビシリーズに参入している現在の状況は、今後もますます加速していくと思います。でも、そうなると映画界の未来が少々心配にもなってくるのですが、映画とテレビシリーズのパワーバランスと、それぞれの未来を、どのように考えていますか?
ターセム:確かに、よく言われているようにテレビシリーズの世界、特にアメリカのテレビシリーズの世界は、今、黄金期を迎えているね。文学に目を向ければよくわかるように、たとえばディケンズの『戦争と平和』をちゃんとしたかたちで映画化しようなんてことは、もともと通常の映画の尺では無理なことだった。世の中には、そういう物語がたくさんあって、さらに、新たにそういう物語を語りたいと思う人も潜在的にたくさんいて、多分、それが今のテレビシリーズの隆盛につながっているんじゃないかな。過去にも、自分が大好きな、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『アレクサンダー広場』や、クシシュトフ・キェシロフスキの『デカローグ』といった、なかなか適切な“出口”がない状況でも果敢に長尺の物語を撮ってきた映画作家はいたわけで。今は、そうした“出口”がビジネスとしても成り立つようになったわけだから、題材によって“出口”が選べるという意味では、我々にとってはいい時代なのかもしれない。もちろん、好きなようになんでも撮れるわけではないけどね。まぁ、すべてのものごとは進化していくし、変わっていく。そこに良いとか悪いとかはなくて、ただ新しい才能や新しい物語が必要とされて、これまであった古いものと代わっていくだけだと僕は思っているよ。
(取材・文=宇野維正)
■公開情報
『セルフレス/覚醒した記憶』
9月1日(木)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督:ターセム・シン
出演:ライアン・レイノルズ、ベン・キングズレー、マシュー・グード、ナタリー・マルティネス、ミシェル・ドッカリー、ヴィクター・ガーバー、デレク・ルーク
字幕翻訳:松浦美奈
2015年/アメリカ/117分/シネスコ
(c)2015 Focus Features LLC, and Shedding Distribution, LLC.
公式サイト:www.selfless.jp