『おそ松さん』はTVアニメ復活の“のろし”となるか? 社会現象となった理由を徹底解剖

六つ子達に熱狂する女子が続出する理由

 しかし、本作はコアなファンを捨て去っているわけでもない。本作の人気の起爆剤となったのは、六つ子達への女性ファンの熱狂なのである。男性ファン向けの美少女アニメ同様、アニメ独特のコードに沿った絵柄でイケメンを愛でる作品は数多くある。しかしそれは、熱狂的な女性ファンを生み出すためには必要不可欠なものでないことが本作で証明されたといえるだろう。カラフルな輪郭線を採用するというアップデートが施されたとはいえ、ベースは昭和の赤塚漫画の雰囲気を残しているのである。だが、絵柄がシンプルだからこそ、登場人物の内面が重要になってくる。

 そもそも原作漫画では、見分けのつかない主人公達のインパクトそのものが人気の原動力であり、連載後半はそのキャラの薄さが限界に達し、主人公がイヤミに交替され、おそ松達は申し訳程度に出るだけという現象が起きるほどだった。本作ではその試みを反転させ、シリーズ史上最も強烈な個性を六つ子に持たせたというのが大きな特徴だ。彼らの内面をテーマに描いたり、彼らの関係性にフォーカスした内容のエピソードも多い。

 アニメーションに限らず、単純な性格設定の映像作品では、登場人物が決まりきったリアクションしかしないものも多い。「おそ松さん」では、六つ子それぞれが、個性から派生する多面性を持っており、ときに意外な行動をとることもある。後でよくよく考えてみると納得させられることが多いのだ。精神分析的ともいえる、ゲスでクズなところまで克明に明らかにしていく容赦ない心理描写は、向田邦子や山田太一のファミリードラマすら髣髴とさせるほどに、彼ら六つ子達を立体的で「生きている」存在にしている。この六つ子とファンとの関係は、第1話で揶揄されていたような、アイドルグループとファンという構図を超えて、パーソナルな結びつきを与え、より共感を高める。運営側が提供するサービスを買うだけという、予定調和で事務的なシステムが崩されているのである。

新時代のリアルヒーロー「ニート」

 童貞・無職・実家暮らし。しかもそれが成人した六つ子だという、彼らを養い世話をする両親からすれば悪夢のような状況が「おそ松さん」の設定だ。「いつまでもスネをかじって生きていたい」と公言してはばからない彼らだが、ふと、その三重苦の末路に危機を感じ、就職活動を始める前向きなエピソードも存在する。だが、彼ら各人が実際にひとりで働いたり就職活動を本格化させると、今まで際立っていたはずの個性が消えていってしまう。むしろ、徹夜でうだうだと麻雀卓を囲んでいたり、誰がストーブの灯油を補給するかで仁義なき戦いを繰り広げているダメなエピソードの方が、はるかに個性が輝き魅力的なのだ。これはどういうことなのか。

 経済的な効率が「正義」とされる現実の職場では、往々にして個人の有用な部分だけが利用されてしまう。感情も思考も必要とされない歯車として「誰が誰でもおんなじ」人間になることを強要されるのだ。兄弟の中で唯一、かすかに女子達とのパイプがあるトド松が、苦心して参加することに成功した合コンでも、彼は有用なものを「何も持っていない」ことで孤立してしまう。ここでは金、車、学歴などでしか人間の価値を判断できない社会の限界と、若者の自意識の高さとの埋めることの出来ない落差を描いている。

 しかし、ギャップに戸惑う若者には同情すべき点もある。本作における、大富豪となったハタ坊のように、なんだかよく分からない人間が、よく分からない仕組みで富と権力を独占している格差社会のなかで、「就職をすること」、「結婚をすること」が困難になってきていることは確かだ。その上、世間からは「経済に貢献しろ」、「結婚して子供をつくれ」という見えない圧力をかけられている。不利な状況にある多くの若者にとって、それら期待に応えることは、いわゆる「無理ゲー」になってきているのである。であれば、「俺達はそのゲームから降りるよ」という態度が、六つ子達のニートな生き方なのだ。それは「人並みの幸せ」という、かつて信じられていた概念にきっぱりと背を向けることで、格差社会の歯車になることから自由になることを意味している。同時に、以前ほどには若者達を正当に承認してくれない世の中、家庭を持つことすら困難になってしまった社会への精一杯の反抗であり、ささやかな復讐でもある。「おそ松さん」達がそれでも楽しく、現実と連結した作品世界の中で生きていてくれるということは、同じく厳しい社会に生きる我々にとっての希望でもあるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■番組情報
『おそ松さん』
テレビ東京ほかにて放送中
公式サイト:http://osomatsusan.com/

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