『いつ恋』第七話で“花”と“レシート”が意味したものは? 映像の向こう側を読み解く

 その極め付けが練の祖父が残した、無数のレシートだ。音は練の前でレシートを読み上げる。そして、買った商品の小さな違いに触れていく。

「分かんないですけど、本当のところは分かんないですけど、おじいちゃん。怒ったり憎んだり、そういうのばっかりじゃなかったんじゃないかなって。毎日ちゃんと生活してたんじゃないかなって。昨日は蒸しパンだったから、今日はクリの蒸しパンにしよう。さっきのアンパンおいしかったから、もう一回食べよう。そんな日もあったんじゃないかなって思います」

 次週の予告映像に強く現れているのだが、『いつ恋』は、あらすじだけを追うと、震災を間に挟んだ波乱万丈なメロドラマに見える。だが、実際に本編を見ると、実に淡々と物語は進んでいき、登場人物の会話と食事のシーンが一番印象に残るように構成されている。それは音の台詞にあるように、ニュースに登場するような災害や事件に巻き込まれた人々にも、「そういうのばっかり」じゃなくて、「毎日の生活」がちゃんとあった、ということが前提としてあるからだろう。

 また、音がレシートを読み上げる場面は、第一話における音の母の手紙、第三話における木穂子から練に向けての長文メールといった、坂元裕二が繰り返し描いている「手紙」のシーンの反復だと言える。しかし、今回は商品名とその値段が書かれたレシートを読み上げることで、祖父の死の間際の行動を想像させるという、アクロバティックなものだ。

 本作では今まで作中に登場する商品の値段が繰り返し描写されてきた。過剰な値段の表示は、格差社会の世の中で翻弄される練や音の経済的な苦しさを強迫観念的に描いているかのように見える。しかし、ここでは大量生産された商品の向こう側にある“人の手触り”を視聴者に想像させようとしている。

 祖父が最後まで畑のことを忘れてなかったと思った練は、非正規雇用の若者から搾取する人材派遣の仕事を辞めて、静恵の家に戻る。練の震災の時の話を聴いた静恵は「死んだ人ともこれから生まれてくる人ともいっしょに生きていくのね。精一杯、生きなさい」と言う。そして、練は庭の花壇に立つ。

 祖父が最後まで畑を耕そうとしたように、練もまた、枯れた花と向き合うのだ。

参考1:『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る
参考2:『いつ恋』第二話レビュー “街の風景”と“若者の現実”が描かれた意図は何か
参考3:『いつ恋』第三話レビュー 先が予想できない“三角関係”をどう描いたか?
参考4:東京はもう“夢のある街”じゃない? 『いつ恋』登場人物たちのリアリティ
参考5:『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に?  脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」
参考6:『いつ恋』が浮き彫りにする、男たちの弱さーー5年の月日は練たちをどう変えた?

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■ドラマ情報
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
2016年1月18日(月) 21:00~放送開始
出演者:有村架純、高良健吾、高畑充希、西島隆弘、森川葵、坂口健太郎
脚本:坂元裕二
プロデュース:村瀬健
演出:並木道子
制作:フジテレビドラマ制作センター
公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/itsu_koi/index.html

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