あの巨匠が月面着陸をねつ造 !? 『ムーン・ウォーカーズ』が紡ぐキューブリック愛
とはいえ、本作にはキューブリック作品に付きもののキリキリと感性を挑発するような狙いは毛頭なく、むしろ分かりやすく小気味のいいエンタテインメントに徹している点は大いに評価できる。
なにしろタイトルバックから『イエロー・サブマリン』(1968)のようなサイケデリックな作り。さらに当時の空気を濃厚に盛り込んだ『欲望』(1967)や、『パフォーマンス』(1970)、もっと言えば『オースティン・パワーズ』シリーズ(これはかなり過剰だが)のようなスウィンギング・ロンドンの空気で楽しませつつ、いつしかCIAとギャングとヒッピーな映画撮影チームとが相まみえて血まみれの総力戦を繰り広げるという、定番の“せわしなさ”もはらんでいる。
また、インチキ臭いアートな映画監督が撮った『跳ねる』という映像は、太った男が半裸でビヨーン、ビヨーンと跳ね回るというだけの実験映像だが、ロン・パールマンが頭を抱えてしまうほどの意味不明なクダラナさながらも、この時代なりの自由な空気を表しているというか。アンディ・ウォーホールの『眠り』(1963年)さえも思い出してしまった。
ともあれ『ムーン・ウォーカーズ』を観ると、やっぱり『2001年 宇宙の旅』をもう一度見返したくなる。「3回観て理解できるくらいなら、私の試みは失敗」とキューブリックは語っているが、観客側からすれば、先のCIA高官の発言同様、何回観ても「内容はサッパリわからんが、映像は最高!」。だからこそ、ある種の長期的な中毒性を持って、2001年をとうに過ぎた今もなお、人々を魅了し続けているのだ。
これまでキューブリック作品に縁のなかった人も、この『ムーン・ウォーカーズ』がポンと背中を押し出してくれるに違いない。純然たるエンタテインメントを楽しみながら、文化や映画に対する興味の扉を提示してくれる、そんな痛快作である。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。
Twitter
◼︎公開情報
『ムーン・ウォーカーズ』
11月14日(土)新宿シネマカリテほか ロードショー
製作:ジョルジュ・ベルマン
監督:アントワーヌ・バルドー=ジャケ
出演:ルバート・グリント、ロン・パールマン、ロバート・シーハン
(c)Partizan Films- Nexus Factory - Potemkino 2015