女優・原節子が我々に残したものーー若手映画ライターが見た、色褪せないその魅力

 原節子という女優は、筆者のような若僧の映画フリークにとって、銀幕の中に映し出される、半世紀以上前の映画で美しく輝いている姿しか想起することができない。彼女が映画界から突然引退した衝撃など、噂程度にしか聞いたことがなく、ましてや初めて『東京物語』を観たときに、この紀子という役を演じていた女優が、まだ存命であったということさえ知るはずもなかった。

 山中貞雄、伊丹万作、衣笠貞之助、島津保次郎、マキノ正博、今井正、吉村公三郎、黒澤明、成瀬巳喜男、そして小津安二郎。彼女のフィルモグラフィーを見てみると、我々が憧れを持ち続けてきた、日本映画界を築き上げた偉大な作家たちの名前が並ぶ。この作家たちと共に仕事をした、原節子という女優そのものが、日本映画史であることは言うまでもなく、改めてその功績を語る必要もないであろう。15歳の頃に日活の『ためらふ勿れ若人よ』で銀幕デビューを果たした彼女は、それから30年足らずの女優人生で、100本を超える作品に出演した。早すぎる引退と、その徹底された隠遁生活は、まさに「伝説の女優」と呼ばれるに相応しい経歴であり、そんな彼女が鎌倉のどこかでひっそりと暮らしているということを知ったときには、一度でいいからお会いしてみたいと、誰もが一度は思ったことであろう。

 友人らと日本映画の話をしていると、必ずと言っていいほど彼女の名前を挙げ、今頃どうしていらっしゃるのかとよく想像を巡らしたものだ。ここ数年の間に、多くの偉大な映画人がこの世を去っていく度に、否が応でも「次はもしかしたらあの人では」と悪い想像を浮かべてしまう。それでも、原節子という女優だけは、常に何処かで生きているものだと思い込んでしまっていた。95歳という年齢は、女性の平均寿命よりも長い、まさに大往生と言ってもいい。それでも、彼女が9月に亡くなっていたということを知らずに、この2ヶ月半の間、我々は原節子がいないこの国で、何も知らずに映画を観ていたのかと思うと、言いようのない虚しさがこみ上げてくる。

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