本田翼が見せた、決定的な“変化”ーー『起終点駅 ターミナル』の表情を読む
やがて、完治とともに、10年来連絡も取ってないし、帰ってもいないという厚岸の近くにある実家を訪れ、そこで両親の位牌を発見する本田翼、というか敦子。もはや空き家となり、荒廃したその家を去る間際、位牌をそっと胸に抱いた彼女は、再び虚空を見つめ、「あの表情」を浮かべるのだった。そして、物語の最後、とある事情で再び法廷に立った彼女は、静かにこう宣言する。「私は自分の足で生きていきます」と。その透徹した瞳は、相変わらず虚空を見つめている。しかし、当初「空洞」であると思われたその内側には、今や確実に「何か」が詰まっているようだった。我々には推し量ることのできない「何か」が。そして、彼女は我々のもと、というか完治のもとを去ってゆく。「終着駅」はやがて「始発駅」になる……つまりは、そういうことなのだ。
本作の最大の見どころは、その「変化」にある。女優・本田翼の魅力である「空洞」が、我々の預かり知らぬ「何か」によって、いつの間にか埋められてしまった衝撃。それは、夏休み明けに再会した、同い年の女学生のような分かりやすい「変化」ではない。むしろ、見た目はある意味同じと言っていいかもしれない。しかし、確実に「何か」が違うのだ。本田翼は、その「変化」を決して言葉では説明しない。否、説明していたような気もするけど、それは問題ではない。その表情こそが、何よりも雄弁で……我々の心を惹きつけてやまないのだ。聞くところによると、もともとは釧路ロケの前に東京で撮影する予定であったという最後の法廷シーン。しかし、その撮影は、本田を気づかうベテラン・佐藤の助言によって、1ヶ月以上に及んだ釧路ロケのあとに行われることになったという。繰り返しになるけれど、見た目はある意味同じである。だが、そのなかに決して同じではない「何か」(撮影行程的にも同じではないのだが)を感じさせてしまう女優・本田翼。劇中、完治が自嘲的にひとりごちるシーンがある。「女たちが選んだ道に比べて、男たちは、何と女々しくこの世を泳いでいるのだろうか」と。その台詞に説得力を与えているのが、本田翼の「あの表情」であり、その微細だけれど明らかな「変化」なのだ。
どんな役を演じるかではなく、結果的に、観る者にどんな感情を喚起させてくれるのか。女優の価値は、恐らくそこで決まる。予定調和ではない、この胸のざわめきよ。たとえ、どんな作品であろうとも、常に観る者の想像力を掻き立ててくれる本田翼。やはり彼女は、稀有な女優と言って差し支えないだろう。我々リアルサウンド映画部は、引き続き、独自の観点から「彷徨える空洞」本田翼を追っていきたいと思っている。
(文=麦倉正樹)
■公開情報
『起終点駅 ターミナル』
11月7日(土)全国ロードショー
■出演:佐藤浩市 本田翼 中村獅童 和田正人 音尾琢真 泉谷しげる 尾野真千子
■原作:桜木紫乃「起終点駅 ターミナル」(小学館刊)
■脚本:長谷川康夫
■監督:篠原哲雄
■主題歌/「ターミナル」My Little Lover(TOYSFACTORY)
■配給:東映
(C)2015桜木紫乃・小学館/「起終点駅 ターミナル」製作委員会
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