異端の日本映画『GONIN サーガ』が描く美学ーー根津甚八を蘇らせた石井隆の作家性とは

『GONIN サーガ』の美学と熱気

『GONIN サーガ』が描いたものとは

 五人のうちの生き残りが、家族や仲間を殺された仇を討つため、暴力団とヒットマンに復讐するべく、再び組事務所を襲撃するという、前作の回想シーンから『GONIN サーガ』は始まる。『GONIN』では、根津甚八が演じた、落ちぶれた元刑事・氷頭(ひず)が、大越組の組長を射殺することに成功するものの、その戦いの中で絶命したはずだった。しかし本作で、氷頭は植物状態で19年間生き続けていた事実が発覚する。そして新たな戦いとともに、彼は病院のベッドで目を覚ます。『GONIN サーガ』は、この氷頭という登場人物を利用して、19年前に止まってしまった『GONIN』の時間に立ち戻り、もう一度その時間を進ませるのである。

 そしてここでも、前作と同じように、ちあきなおみ「紅い花」が流れる。『GONIN』の劇中で氷頭が言っていたように、「日本人的な情け」を象徴する感傷的な曲だ。当時としても意外な選曲だっただけに、いま劇場で聴くと、より凄まじい異化効果を発揮し、観る者の時間の感覚を二重に狂わせる。そして、その歌詞は、過ぎ去った19年前のことを表しているようにも感じ、より深い感慨を呼び起こす。前作の氷頭は、組員から二発、ヒットマンから五発の銃弾を浴びていたのである。生存はあり得ない。しかし、このあり得なさというのは、『GONIN サーガ』の世界では「あり得る」ということなのだろう。つまり本作は、『GONIN』をもう一度蘇らせたいという強い願望そのものであり、「紅い花」が象徴するロマンティシズムそのものであるはずだ。

 主演の、桐谷健太と東出昌大が演じるのは、前作で氷頭達によって壊滅した大越組の、組長と若頭の息子達だ。彼らは、抗争のとばっちりを受けて殉職していた警察官の息子(柄本佑)と、元アイドルで五誠会に囲われているやさぐれた情婦(土屋アンナ)の誘いに乗って、五誠会の隠し資金を奪う計画を立てる。彼らの襲撃シーンは、前作の襲撃シーンに、意識して類似した描き方がされている。まさに『GONIN』をなぞるように、『GONIN』を再びやり直すように、この異常なシナリオは進んでいく。そして、彼らはまたもやヒットマンに命を狙われる。本作では、打って変わって前作の五人組の一人であった竹中直人が、ビートたけしの役どころであったヒットマンを演じている。

 バブルの崩壊後、不況がより進んだ日本の経済問題は、より深刻化している。裕福な人々が楽しく踊るディスコの床下で糞尿にまみれながらダンスパーティーが終わるのを待つ、親の因果を背負った子供達の姿は、階層化した日本の社会を反映しているのかもしれない。自分達や家族を虫けらのように扱った五誠会を叩き潰すために、彼らはもう一度結束し、襲撃を計画する。そこに参加するのが、別人かと見紛うほど面変わりした根津甚八が演じる氷頭である。妻子を殺された五誠会への仇は、まだ決着していなかったのだ。氷頭に父親を殺されたはずの、桐谷健太が演じる大越組・組長の息子は、歩けなくなってもなお戦おうとする氷頭の姿を見て、涙ながらに叫ぶ。「行くってか! あんたも一緒に行くってか!」

根津甚八、壮絶な演技の裏には

 根津甚八は、闘病のため2010年から俳優業を引退していた。その間、以前と外見が変わったこともあり、復帰はあきらめていたという。だが今回、『GONIN』の続編を撮る石井監督の誘いに応じ、車椅子を使っての演技ということで、「一度だけの復帰」が実現した。根津は撮影終了後、「再び演じることの楽しさを思い出させてくれた」というメッセージを監督に送っている。

 石井監督作に多数出演している大竹しのぶは、主演した『死んでもいい』が本当に大事な作品であると言う。彼女のインタビューによると、石井監督の役者への演技指導は、具体的に「こうしてください」とは言わず、ヒントになるようなことばを、ボソッとつぶやくだけであったらしい。だから彼女は自分で考えて、「お客さんがどう思うか分からないけど、私にだけ分かる感情を演じた」、そしてそれが「楽しかった」 と言っている。

 もちろん映画は、心を写すことはできない。しかし、演技をする者の心のありようが何の効果も生み出さないわけがない。そして、そのように役者の自主性に任せるという姿勢は、その役者を信頼している証でもあるだろう。それは役者自身の能力が試される挑戦でもあるはずだ。根津甚八にとっては、そう演じることのできる演出をしてくれる唯一の監督だからこそ、再び石井監督の作品に出演する決意をしたのではないか。『GONIN サーガ』は、そのような作り手たちの感情や熱量が、スクリーン上に映っているように「感じる」のである。それを感じることができるというのは、役者が心を持って演じているのと同様に、それを見る者にも心があるからだろう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。

■公開情報
『GONIN サーガ』
TOHOシネマズ 新宿他上映中
東出昌大 桐谷健太 土屋アンナ 柄本 佑 安藤政信
テリー伊藤 井上晴美 りりィ 福島リラ 松本若菜 
菅田 俊 井坂俊哉 / 根津甚八
鶴見辰吾 / 佐藤浩市(友情出演) / 竹中直
監督・脚本:石井 隆
劇中歌:「紅い花」 歌:ちあきなおみ 
「ラスト・ワルツ」 歌:森田童子
エグゼクティブ・プロデューサー:井上伸一郎 
企画:菊池 剛 加茂克也 
プロデューサー:二宮直彦 阿知波 孝 
撮影:佐々木原保志(JSC)山本圭昭 
照明:祷 宮信 美術:鈴木隆之 録音:郡 弘道 音楽:安川午朗 
ラインプロデューサー:小橋孝裕 キャスティング:東 快彦 
助監督:日暮英典 制作担当:高見明夫 
製作:KADOKAWA ポニーキャニオン 
電通 ファムファタル ソニーPCL
制作プロダクション:ファムファタル 
配給:KADOKAWA/ポニーキャニオン
(C)2015『GONIN サーガ』製作委員会
公式サイト:gonin-saga.jp

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